第30章 蜩〜ひぐらし〜
風呂を掃除して、郵便物を確認してながら携帯を見ると智からLINEが入っていた…
急いで画面をスライドさせると、
『翔ちゃん、お疲れ様!
ニノとのご飯、どうだった~?
明日も仕事なんだから、
お風呂に入って寝てよ!』
智の、世話焼き奥さんみたいなLINEに
思わず頬がほころぶ…
『朝は、フレンチトースト冷凍してあるから、
温めて食べてね』
智…そんなことまで…
俺はレスをするより電話した方が早いと思って、
途中で指を止めた。
……智…
東京から離れ、慣れないスタッフや演者さんたちの中で頑張ってるんだ…
元々映画の座長なんか荷が重い、って言っている彼が、
気を使って、笑顔を振りまいて、
大勢の興味本位のエキストラの前で演技をしてる…
そう思っただけで、何だか胸が苦しくなって
泣きそうになった。
俺たちの仕事は、そういうもんだ…
人に見られてなんぼ、だし、
観てもらわなければ何の意味も無い。
だけど…
智と一緒になって改めて知った、彼の本質。
知っているつもりでいたし、自分が一番分かってやってるつもりだった…
でも、
そんなのは驕りだった。
彼と一緒に暮らす中で、
態度に、言葉に、
本当の大野智が見え隠れする
なんなら、俺にも見せないようにしている…
それは、本人も気付いていないのかもしれない、
もっともっと、奥のところで…
智……
今、何を思い、
何をしてる?
「さとし…」
そっとひとり呟いた声は、
掠れていて、途中で消えた…