第1章 プロローグ
「あ、えっと、私は桜井こはると申します。すみません、ご迷惑をおかけして。今名刺を、って、あれ?」
鞄から仕事で使っている名刺を取り出そうとして身の回りを確認すると、鞄がない。
そういえば家を出るとき財布とお酒しか持ってこなかったんだった。
「まぁしかし、こはるちゃん、だっけ?何があったか知らねぇが、外で寝るなんざ危ねぇよ。んな大事そうに酒なんか抱えてよ。見つけたのが俺だったからよかったものの、男はみんなオオカミなんだからね、なにされっかわかんないからね!ほら、早く自分の家に帰んな。」
そう言って坂田さんは【しっしっ】と手を振った。
「あの…坂田さん。」
「ん?」
「つかぬ事を伺いますが…ここは、どこですか?」
「あ?どこってお前、かぶき町だよ。」
「歌舞伎町?!」
私は立ち上がり、改めて周りを見渡す。
しかし、私が知っている新宿歌舞伎町とは程遠い街並みが広がっている。
そして、何より街行く人々の服装がほとんど着物なのだ。おそらくここは私の知っている歌舞伎町ではない。
そして、ふと思い出した昨日のこと。
【誰も知らない遠い世界で、人生をやり直したい。】
あの時の私の願いが叶えられたということは、違う時代、もしくは異世界へと来てしまったということか。
しばらく考え込んでいると、眼鏡をかけた袴姿の少年が階段の下から声をかけてきた。
「おはようございます。あれ?銀さん、お客さんですか?」
「おう、新八。いや、客っつーかなんつーか…」
「こんなところで立ち話もなんですし、よかったら上がってもらったらどうですか?」
「ああ、ま、それもそうだな。」
すると、【新八】と呼ばれた少年が、よかったどうぞと2階へと案内してくれた。