第1章 短編集
「先生、これは?」
義眼を見つめながら彼に問う。
「見ての通り、眼だ。いつまでも無いというのも不便であろう。」
そう言う彼は、目も合わせずただ下を向いていた。幸せそうに見えたのは気のせいではないだろう
私は感情を押し殺し、眼を細め、顔の筋肉がつるのでは無いかと言うほど口角を上げ「ありがとうございます」と言った。
そして薬品を扱う時と同様に手袋を嵌めて、薬品を扱う時と同様に丁寧に義眼を取り出し、彼に背を向けて眼帯を外し、彼に気付かれないよう深呼吸。鏡を見ながら義眼を嵌めた。
目を開けると黒と緑と言う異様なオッドアイになっていた。緑の片目は信じられないほどに輝き、黒い片目は信じられないほどに光を反射しない。どちらが義眼か分からない程にその緑は綺麗だった。生と死があった。
こんな醜い自分の目は見せられない。がっかりされたくない。私は自分の黒い目を眼帯で隠した。
それから意を決し、彼の方に振り返る
今まで私の物じゃなかったのか不思議なほど緑の目は自然に視界を捉えた。見たくなかった物まで捉える
彼が今まで見せたこと無いほど安堵の表情を見せていたのだ。私はただ黙って彼を見つめていた。
彼の愛した緑で。
ああ、敵わない
私の黒はどんなに輝かせても、時間を掛けても
今一瞬で嵌めた緑には敵わない
私の口角が下がっても彼は片目から目を離さない。愛しい者を見る目で私ではない目を見ている
何年も愛し続けた緑を
考えずも分かるはずである。私が彼を愛した時間を彼は知らないのだから。彼にとって私は数年面倒を見てきたただの一生徒であり、彼女の目を嵌める為に出来た眼窩を持ったビスクドール。
敵う方がおかしい
今、それを身を持って痛感した
"彼は私を愛しはしない"
だから私は、
私は彼女の代用品として生きていく。