第7章 傷
「っ…鈴、そういうの反則…!」
「え…っ!」
唇が離れたと思ったら、今度は椅子に押し倒される。真上には、初めて見る彼の余裕のない顔があって。
「鈴、俺…」
「お、おそ松くん…」
見つめあう。彼の熱っぽい瞳から、目が離せない。
私たちは恋人同士。お互いがお互いを好きで、キスまでしている仲。
ここでは今二人きり。私たちを隔てるものなどない。
なのになぜか私は
『…うるさい。塞がれたいの?その口』
あの時の…一松くんのことを思い出す。
おそ松くんに、一松くんの姿が重なって見えて…どうすればいいか分からない。
違う、彼はおそ松くん…一松くんじゃない。
どうして…どうして思い出すの。どうして重ねるの。
あの時、私は動けなかった。
逃げなければ、と頭の中では理解していたのに、どう頑張っても体が動かなかった。
…ううん、違う。きっと、受け入れようとしたんだ。
彼を傷付けたくなくて…私を好きにしたいのなら、それでも構わないと、心のどこかで諦めていたのかもしれない。
それとも…今とは逆に、おそ松くんの姿を重ねていた?だから抵抗するのを躊躇ったの?
どっちにしろ、2人に失礼だ。おそ松くんはおそ松くん、一松くんは一松くんなのに。
これじゃ、まるで…
トゥルルルル
「「!」」
部屋のインターホンが鳴る。おそ松くんが受話器を取った。
「はい。…あー、分かりました」
慌てて起き上がり、スマホを見る。もうすぐ9時になろうとしていた。
「10分前だってさ。もう出る?」
「あ…う、うん」
ついさっきまでの雰囲気はすでに跡形もなく、おそ松くんは何事もなかったように帰る準備をし始める。
続きとか…しないんだ…。
「どしたー、鈴。何かご不満でも?」
まるで心の中を読んだかのように、おそ松くんがいたずらっぽい笑みを向けて茶化してくる。相変わらず鋭い。
「な、なんでもないです!」
「ほんとにー?あ、もしかして期待した?」
「うぅぅ〜っ…それ以上言ったら全額奢ってもらうからね!」
「え、それ地味にやだなぁ」
***