第7章 傷
少しずつ顔を近付ける。彼女はなぜか微動だにしない。
互いの息がかかるほどの至近距離。唇が触れ合いそうになった…
その時。
「まーつーのーくーん?何をしているのかなー?」
「「!!」」
突然上から声がして見上げると、いつの間に戻ってきていたのか、榎田先生が顔をひきつらせながらベッドの脇に立っていた。
「戸締まりをしに来たら、何やら怪しい空気が漂っているものだから覗いてみれば……ここは保健室!決してカップルが痴話喧嘩をする場所でも、いかがわしいホテルでもありません!不純異性交遊などもってのほか!」
「か、カップル!?ホテル!?ふ、ふじゅんいせいこーゆー!?」
顔を真っ赤にしながら先生の言葉を復唱する彼女。…なんなんだ、そのリピート機能は。
興が醒めた。まぁ…先生のおかげで冷静になれたし、今のうちに帰ってしまおう。
僕は拘束していた手を離し、黙ってベッドから降りる。奥に置いてあったカバンを掴んだところで、あいつが僕を呼び止めた。
「い、イッチー!あの、私…っ」
「……」
しかしそれ以上言葉は続かない。僕は先生の脇をすり抜けて保健室を出ていった。
……悪いことをしたとは思ってる。でも今、謝る気はない。
なんで僕、あいつを襲おうとしたんだろう。
なんであいつは最後、抵抗する素振りを見せなかったんだろう。
…分からないことが多すぎる。くそ…!
おそ松兄さんになんて言えばいいんだ。黙っているべきか?けど僕が黙っていても、彼女が訴えるかもしれない。
…それならそれでいい。僕なんかに、罰を逃れる資格はないのだから。