第7章 傷
単なる男友達だと、自分の彼氏の弟だと、そう思って安心していたのだとしたら、
今こうして押し倒し、冷たく見下ろすこの僕は、彼女にとってどんな存在に見えるのだろうか。
「…あんたさ」
彼女がびくっと肩を震わせる。相変わらず、怯えているのかそうではないのか、よく分からない瞳を向けながら、僕の言葉を待っているようだった。
「もう忘れた?僕前に言ったよね、『必要以上に干渉しないで』って。…あれ、警告のつもりだったんだけど」
「…!あ…」
どうやら思い出したらしい。彼女が小さく声を上げるが、僕は構わず続ける。
「あの時は謝ったけどさ、僕が他人と話すのが嫌いなのは事実だから。それとも何?友達になったからもう大丈夫だって勘違いした?毎日来ても僕があんたを一度も拒絶しなかったから調子に乗ったわけ?」
「ち、ちが…い、一松くん…」
「まぁどっちでもいいけどね。…ムカついたことには変わりないし」
胸の奥から沸々と込み上げてくる、黒い感情。僕が中学卒業と同時に永遠に葬り去ったはずの、忌まわしい記憶が甦る。
…何も知らないくせに。
おそ松兄さんと偶然出会って偶然惹かれ合って偶然くっついただけの、ついこの間まで赤の他人だったこいつが。
軽々しく踏み込んでくるなよ。
こいつは周りの人間と違う。そうだ、それは間違ってない。
少なくとも、僕を触れちゃいけない腫れ物扱いした奴らよりは数倍マシだ。
けど…だめなんだ。
彼女の細い手首を、ベッドに押し付けるように片手で拘束する。
「!ま、待って、やだ…っ!」
何かを察したのか、彼女は身を捩ってベッドから降りようとする。…バカだな、男の力に敵うわけないだろ。
「…うるさい。塞がれたいの?その口」
「え…っ」
僕は空いてる方の手で彼女の顎を捉える。瞬間、彼女はまたびくっと体を震わせた。
…ああ、さすがに怯えてるな。瞳が揺れてる。涙まで溜まってるし。
そりゃそうか。僕だって、止められるものなら止めたい。とんでもないことをしようとしてるって、自覚はあるから。
…でも、もう僕の意思じゃどうにもできない。
意思…?ああ、そんなものは最初からなかったな。