第7章 傷
「……何」
若干苛立った声で尋ねると、彼女はおもむろに側にあった丸椅子に腰掛ける。
「えへへ、途中まで一緒に帰ろうと思って!今日ね、おそ松くん友達とゲーセン行くらしいの。だから送れないって言われて寂しくて、ついイッチーのとこに来ちゃったんだ」
……こいつが、なんの悪気もなく言っているのは百も承知だ。
まるで、¨おそ松兄さんの代わり¨として扱われていようが、僕は一向に構わない。彼女を見守ったりいざという時に助けてやったりするのは、最初こそ面倒だったけどもう慣れたし、不快にも思わなくなった。
…はずなのに。
「…それ、断っていい?」
「え?」
「僕なんかと、あまり一緒にいない方がいいよ。周りに誤解されるかもしれないだろ。顔は同じでも制服は違うから見分けつきやすいし、もし浮気でもしてるって噂が立ったらどうするんだよ」
…おかしいな、僕。なんで彼女に対してこんなにも反抗的なんだろう。
いつもなら「いいよ」って軽く言えるのに。今までもそうしてきたじゃないか。
彼女と出会ってから2ヶ月近く経とうとしている。その間僕はできる限り、彼女を守ろうとしてきた。
おそ松兄さんのために、弟としてできることといったらこのくらいだったから。
友達でもあるし、彼女の性格もまぁ嫌いではない。
…ただ、タイミングが悪すぎたんだ。
「う、浮気なんてそんな…イッチー、あの、何か怒ってるの…?」
「……別に。寝起きで不機嫌なだけだよ」
あの夢を見た後、僕は毎回決まって卑屈になる。
普段からそうではあるけど、それに輪をかけて、だ。
大体、友達とはいえ彼女は僕に構いすぎだ。毎日のように保健室にやってきては、寝ている僕にちょっかいをかけてくる。
おそ松兄さんの恋人のくせに、イッチーイッチーって親しげにさ。
…こんな僕の、どこがいいっていうんだよ。
「とにかく、1人で帰って」
彼女に背を向け、布団を頭まで被る。もう何も聞きたくない、という意思表示も込めて。
「……分かったよ。ごめんね、イッチー。じゃあ、また明日…」
「……」
力なく謝る声が聞こえ、僕は振り返りそうになる。でもやめた。
…かける言葉なんて、ない。