第2章 哀しみの色
『326』と明記された病室に足を踏み入れる。
そこは4人部屋だが、今ここにいる患者は1人だけ。次々と退院してしまい、新たな患者がまだ入ってこないせいだった。
一番奥の、窓際のベッド。上半身を起こして本を読んでいた彼女が、俺の来訪に気付いて微笑んだ。
「カーくん!やっほー」
カーくん…懐かしいな。どう話を切り出そうか迷っていたんだが、この分だとそんな心配はいらなさそうだ。
「久しぶりだな、鈴。具合はどうだ?」
ベッドの脇の椅子に腰を下ろす。なるべく自然な笑顔を作って、彼女と視線を合わせた。
「うん、元気いっぱい!毎日退屈で仕方がないくらい。だからカーくんが来てくれて嬉しいよ」
心底幸せそうににこっと笑う彼女。そうか…嬉しい、か。
俺は不審がられない程度に、彼女の体をじっと眺める。血色はいいし、前に会った時よりは健康的になったように思う。変わらず痩せ細ってはいるが、そのうちこれも改善されていくだろう。
それにしても、もうとっくに大人の女性だというのに、愛くるしい容姿だけは今も昔も変わらないな。
「なんの本を読んでいたんだ?」
ふと彼女が手にしている本が目に入ったので、興味本意で尋ねてみる。
「ああ、これ?本っていうか雑誌だよ。季節の花の特集が載ってるの」
そう言って彼女は、ページをぱらぱらとめくって中を見せてくれる。
「今は春でしょう?だからこの時期に咲く花をせめて写真ででもいいから見たいなって」
「…そうか。綺麗だな」
「うん!」
そんなとりとめのない会話をする俺たち。…あの頃と変わらないな、これも。
「ねぇカーくん。みんなは元気?」
何気ない、彼女の言葉。久しぶりに会った友人には誰だって尋ねるであろうその言葉が、俺の肩に重くのしかかる。
トド松がここに来るのを躊躇ったのは、こういう意味もあるのだろうな…。
失言だけはどうしても避けたい。俺は頭の中で慎重に言葉を選んだ。
「…もちろん、元気だぞ。鈴のことを、みんなも心配していた」