第16章 追想の愛
「…い、や…お前、なんで…」
「今さっき会ってたから。っていうか俺のことなんてどうでもいいでしょ、さっさと行きなよ」
苛ついているのか、口調が乱暴になっていく。けど俺は、ここに来てあと一歩が踏み出せない。
一向に動こうとしない俺にとうとう痺れを切らしたのか、一松はわざと聞こえるように舌打ちをした。
「チッ…我が兄ながら本当に情けねぇな。怪我したくなきゃ後ろに下がってろ」
「え…っ」
嫌な予感がして慌てて壁際まで下がると、助走をつけたような数歩の足音の後に、部屋のドアが物凄い音を立ててぶち破られた。
バキィッ!ドォォンッ!!「うわ…!?」
木製とはいえ、飛び蹴りでいとも簡単に破壊するとは…ありえねぇ…
「これで閉じ籠れないだろ?いい加減腹括って会いに行けよ。…恋人だろうが」
「…!」
普段無表情な分、こうも凄まれると他人のそれより迫力がある。
何より…一松の言葉が、胸に刺さった。
恋人…俺は血塗れの彼女を抱き締めながらそう言った。
咄嗟に口をついて出ただけの戯れ言だと思っていたけれど、違った。
俺の恋人は…彼女だ。
「…悪い、一松。俺行ってくるわ」
短く告げ、俺は一松の横を早足で通り過ぎる。その勢いのまま外に出ると、一目散に駆け出した。
…会いたい。鈴に。
もう逃げるのはたくさんだ。もうあんな夢は見たくない。
もう…離したくないんだよ…!
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