第16章 追想の愛
「やっぱり、詳しいね…一松くん」
彼女の声が小さくなる。シーツを両手で握り締め、俯いた直後、
涙が、零れた。
「!鈴…?」
時折肩を震わせながら、声も上げずにさめざめと泣く彼女を、俺は呆然と見つめる。
力が入りすぎてしわくちゃになっているシーツが、透明な涙でどんどん濡れていく。
「…っ…」
唇が僅かに動き、彼女が何かを伝えようとする。けれど嗚咽で息が苦しいのか、なかなか言葉が出ない。
俺は冷えきってしまっている彼女の手にそっと自分の手を重ねた。温めるように包み込む。
それに安心したのか、彼女は再びゆっくりと唇を動かした。
「…ごめんね、イッチー…」
「…!!」
今、はっきりと聞こえた。
他人行儀な¨一松くん¨ではなく、
彼女が親しげに呼んでくれていたあだ名を。
「…お、まえ…もしかして…」
思い出したのか、と聞く前に、彼女は小さく頷いた。俺の言いたいことが分かっているんだろう。
「…ずっと、ね…追想をしていたの…」
「…追想?」
「うん…私と、イッチーと…おそ松くんの、思い出…」
…止まっていた時間が、ようやく動き出した。
消え去ったはずの過去はまだ、彼女の中で生き続けていた。
この気持ちを、なんと表現すればいいのだろう。
喜び?哀しみ?驚き?どれも違う。
ただ、胸がいっぱいになる感覚。長い間感じていた空虚さがなくなって、満たされる感覚。
それだけで…救われた気がした。
「みんなで過ごした、大切な思い出…1年にも満たなかったけど、私にとっては毎日が楽しくてかけがえのない日々だった…でも、おそ松くんとイッチーの、顔も、声も思い出せなくて…確かに私は誰かと一緒にいるはずなのに、その誰かが思い出せなくて…ずっと、胸が張り裂けそうなくらい辛かったの…」
「…鈴…」
「やっと…やっと、思い出せた…ごめんね、イッチー…忘れてしまって、ごめん…ごめんなさい…!」
泣きじゃくる彼女を抱き締めようと、腕を伸ばす。
けれど、彼女に触れる前にその腕を下ろした。
…これは、俺の役目じゃない。