第16章 追想の愛
病室の外に置いてあるベンチに腰掛け、彼女と面会しているトド松が戻ってくるのを待つ。
扉を閉めてあるからか、中の物音や声はほとんど聞こえない。彼女のベッドは窓際で入り口から遠いせいかもしれないけど。
…あ。かすかに笑い声が聞こえる。トド松が何か面白いことでも言ったのかな。
もうすぐ退院するってことは、体調はいいんだろう。傷もほぼ全快したって看護婦さんから聞いてるし、彼女が元通りの生活を送れる日も近いかもしれない。
…よかった。安心した。
元気になれたなら、それでいいんだ。
忘れられたままでも…いい。
辛い思い出なんか、生きていく上で必要ないんだ。
この先の彼女の未来に、俺たちの存在が、思い出が重荷になるというのなら、
全て忘れたまま、楽になってくれ。
……そう、願うべきなのに。
「…っ…」
なんで俺は、
泣いているんだ…?
「一松兄さん、待たせてごめ…って、え?!」
タイミング悪くトド松が病室から出てきて、俺を見るなり仰天する。
「な、泣いてるの?え、え?」
「……なんでもない。帰るぞ、トド松」
乱暴に涙を拭い、立ち上がる。しかしトド松は慌てて俺の肩を掴んだ。
「ちょ、ちょっと待って!本当に鈴ちゃんに会っていかないの?」
「チッ…くどい。知らない奴と面会とか拷問だろ」
「もしかしたら思い出すかもしれないじゃん!何もしないで諦めるだけなんて、それこそ拷問じゃないの?!」
「っ…!」
くそ…腹が立つ。
どいつもこいつも、簡単に人の心を見透かしやがって。
そういうの、お節介っていうんだよ。迷惑なんだよ。
俺は…!
「…トッティ?さっきからどうしたの?」
「!」
「鈴ちゃん…」
扉からおずおずと顔を出したのは、彼女だった。
久しぶりに見る。それこそ数ヵ月ぶり。見舞いに来なかった俺からすれば、最後に見た時の彼女は痛々しい包帯姿だった。
それに比べれば、さすが退院間近といったところか。普通の服を着ていたら健康な人間とそう変わらない。
「なんだか廊下が騒がしいなと思って…えっと、そちらの方は?トッティと似てるね」
「あ…」
やっぱり…まだ思い出せていないのか。