第16章 追想の愛
鈴が、交通事故に遭った。
去年の冬、クリスマスを目前に控えた雪降る日に、彼女は日本に帰ってきた。
事前に連絡はなかったから俺たちは当然知らなくて、迎えに行くことも彼女の家に行くこともなかったんだけど、
偶然、本当に偶然。
兄弟全員でチビ太のおでん屋台に飲みに行った、その帰り道。駅前の広場でクリスマスツリーを見上げている彼女に会ったんだ。
驚きすぎて声も出なかったよ。帰ってきてるなんて知らなかったから。
成人したとはいえ、彼女の容姿は高校の頃とそんなに変わらなかった。着ている服は大人びていたけれど、俺たちの誰もが一目で彼女だと分かった。
でも声はかけられなくて、彼女は俺たちに気付かないまま、その場を去っていってしまった。
…あの時に彼女を引き止めていればよかったのかもしれない。
鈴が人混みに紛れて姿が消えてから、ほんの数分後のことだった。交差点の方からけたたましいブレーキ音と何かがぶつかる鈍い音、そして群衆の叫び声が聞こえたのは。
野次馬にはなりたくなかったけど、通り道でもあったから俺たちは人混みを掻き分けて事故現場まで向かった。
そこには、電柱にぶつかって車体がひしゃげてしまった乗用車と、地面に散らばるガラス片。
そして、
雪の積もった歩道に投げ出された、彼女の体。とめどなく流れる、真っ赤な血。
……先に動いたのは、おそ松兄さんだった。
「ッ鈴!!」
到着したばかりの救急車やパトカーから隊員と警察が下りてきて、野次馬を牽制しながら規制線を引き始める。
彼女の元に駆け寄ったおそ松兄さんを警察が外に連れ出そうとする。しかし兄さんはその手を振り払って叫んだ。
「うるせぇ!こいつは俺の恋人なんだよ!いいからさっさと病院に連れていけ!!」
今にも人を殺しそうなほどの剣幕で警察に食ってかかる兄さんと、その腕に抱かれたままぴくりとも動かない血塗れの鈴を見て、
俺も、他のみんなも…その場から一歩も動けなかった。