第15章 涙
コンコン…
ドアをノックする音がする。
この時間だから、兄弟のうちの誰かが帰ってきたんだろう。返事をせずにいると、向こうから声がかけられた。
「…おそ松兄さん、いるんでしょ?話があるから入れてくれない?」
…一松、か。
よりによって今最も顔を合わせたくない人物。
だめなんだ。俺があいつに、面と向かって酷いことを言いそうで。
…はは、呆れるよ。もう頑張るのはやめたはずなのに、まだ兄弟を傷付けたくないとか思ってる。
俺って、なんなんだよ。本当はどんな奴だったっけ。
自分で自分が分からない。分からないから…会いたくない。
「兄さん…寝てるの?」
早く諦めてくれよ。俺に構うな。
「おそ松兄さん」
ああ、嫌だ。¨兄さん¨と呼ばれたくない。
一松。きっとお前はまだ、俺を信じてるんだろ?
話し合えば希望が見えるって、この状況を打開できるって、そう信じてるんだろ?
だめなんだよ。もう解決策なんてないんだ。
俺は疲れちまったからさ。
今まで抱えてたもんが想像以上に重すぎて、捨てたくて、爆発しちまいそうで、
手遅れだ。どうにもならない。
結局俺は、一松、お前とおんなじ。
中学の頃のお前とおんなじなんだ。いや、それ以上に質の悪い。
みんな俺の自慢の兄弟たち。バカでクズだけどいいところがたくさんあって、成長するたび個性が生まれていった、
その中でただ1人変わらない、平凡な俺が、
劣等感を抱くようになってしまったのは、そんなにおかしなことじゃないはずだ。
ましてや長男ならば。
「…ねぇ、おそ松兄さん。聞こえてるとは思うから、勝手に喋るけど」
「………」
「怒りは、僕にぶつけてほしい。感情に任せて彼女の気持ちを蔑ろにするなんて、兄さんらしくないよ」
…兄さん、らしい?
だから、俺らしいってなんなんだよ。
勝手に決めないでくれ。お前にとっての¨おそ松兄さん¨は幻想みたいなもんなんだから。
違う…違うんだよ…!
ダンッ!「…!!」
壁に思い切り拳を打ち付けると、ドアの向こうで一松が息を呑んだのが分かった。