第15章 涙
「あの夜…一松が鈴にキスしてんの見て…マジかよーってなった」
「…え?」
バーベキューの日の夜…一松くんが私にキス…?
そ、そんなの初耳…!
真っ赤になって狼狽えていると、いつまでも黙っている私を不審に思ったのか、おそ松くんは振り返らずに問う。
「どしたー?あ、もしかして知らなかったとか?」
「う、うん…聞いてないから…」
てっきり、文化祭の準備の時にしたキスが初めてだとばかり思っていた。に、2回目だったんだ、あれ…
「なんだよ、あいつも意地が悪いよなぁ。今さら隠す必要もないってのに」
ケラケラと笑いながら言う彼からは、怒りも悲しみも感じ取れない。
…ただ一つ、¨空虚さ¨を除いて。
「それからだよ。心ん中で常に焦りや不安が渦巻くようになったのは。表面上は何事もないように振る舞ってたけどね。ほら、俺長男だから。一松のお兄ちゃんだからさ、弟を信じなくてどうすんだよって、ずっと我慢してたんだ。
我慢…してたんだよ、ずっと」
彼はそこで、言葉を切る。けれど、¨話はまだ終わりじゃない¨と背中で訴えられている気がして、私は声を出せなかった。
暫しの沈黙の後、彼が再び私に向き直り、視線が交わる。
いつもの笑顔…でもやはりどこか物悲しげな、空虚さが漂っていた。
「鈴。お前さ、まだ一松のこと好きなんだろ?」
「!」
「って、顔に書いてある。俺にはお見通しだからなー」
…否定、できなかった。
今朝も自覚した。私はまだ、彼への恋心を捨てきれていない。
友達でいよう、なんてただの口約束。どれだけ固く誓い合ったとしても、結局こればかりは時間が解決してくれるしかないんだと、心のどこかで諦めていた。
そしてそれは、おそ松くんにとってはまさに手に取るようによく分かるのだろう。
一松くんの兄で、
私の恋人だから。