第9章 夏休み
「ね…イッチー」
こちらに背を向けたままのイッチーに呼び掛ける。間もなくして、ちょっぴり不機嫌そうな声が返ってきた。
「……なに」
「あのね、バーベキュー誘ってくれてありがとう。嬉しかったし、楽しかったよ」
「…!」
「どうしても、これだけ言っておきたくて。…じゃあ、おやすみなさい」
自然と瞼が下りてくる。私は瞳を閉じて、そのまま眠りについた。
…だから、私は気付かなかった。
「……なんだよ、それ……」
おやすみの挨拶を交わした後、彼がこちらを振り返り、複雑な表情で私を見つめていたことに。
***
……何かが、触れる感触。
あったかいような、柔らかいような何かが、私の顔…頬?それとも、唇?
これは夢だろうか。視界には何も映っていない。真っ暗のような、灰色のような、よく分からない世界の中に、ぽつんと自分の意識が浮かんでいる感じ。
なのに、その感触だけはやけにリアルで…それでも世界からは抜け出せずに、だんだんと思考に靄がかかっていき…
やがて、プツンと糸が切れたように途絶えてしまった。
***
「……鈴…鈴…」
「…う…ん…」
「おーい…鈴〜」
誰かが私を呼ぶ声が聞こえてきて、徐々に頭が覚醒していく。うっすらと目を開けると、ぼやけた視界におそ松くんの顔が映りこんだ。
「……おそ松、くん…?」
「おー、ごめんな起こしちまって。寝込みを襲うような真似はしたくなかったからさー」
そう小声で言いながらにこやかに笑う彼は、よく見れば私に覆い被さるような体勢をしている。
え…?こ、これはまさか…
「〜〜〜〜っ!?」
叫びそうになったところを、彼にやんわりと手で口を塞がれた。
「大丈夫大丈夫、暴れんなって。他の奴らが起きたらどうすんだよ」
「…!」
ゆっくりと首を動かして横を見ると、みんな静かに寝息を立てながらぐっすり眠っていた。雰囲気からするに、まだ夜中ではあるらしい。
「な、何しようとしてるの…?」
手を離され、同じく小声で彼に問い質す。すでに顔は真っ赤だろうし、心臓の音はうるさいくらいに鳴り響いていた。