第10章 生殺与奪
水月と重吾に採血を施した室に現れた海士仁は長椅子に牡蠣殻を横たえた。
首の根元から鎖骨まで、鮫肌に噛まれた牡蠣殻が目を開ける。顔は土気色だが瞳は濁っていない。首元を探って服の上から何かを握り、息を吐いてまた目を閉じかかる。
海士仁は眉を上げた。
「別条無さそうだな?相変わらずしぶとい」
「痛い」
「何故失せなかった?馬鹿め」
「あ、そうか。失せればよかったんだ」
「情けない」
「うん」
「しかもなかなか死なぬ」
「悪い事かよ、それは」
「人騒がせ」
「申し訳ない」
「あの男に勝てる筈なかろう?仕様もない真似を」
「いつも叩かれてたからなあ。叩き返したくなった」
「ほう?」
「一発でも決まったら勝ちだと思ったのに」
「下らぬ」
「そう?」
「負けず嫌いを直せ。要らぬ意地は張るな」
「意地の張りどころくらい自分で決め・・・」
言いかけて牡蠣殻は顔をしかめながら体を起こした。
「決めたい。痛い」
「手当する。薬を呑め。あるか?」
問われて牡蠣殻は腋を庇いながら腰の鞄を探った。
「おかしいなあ」
「?ないのか?」
「いや?そうじゃなくて。何だか楽になった。・・・楽になる?楽になりたくて止めたのに、止めるのを止めたら楽になるって何だ?」
口元から滴る血を手の甲で拭いながら、牡蠣殻は不思議そうな顔をする。
海士仁は呆れ顔で牡蠣殻に手拭いを放ってやった。
「何を言っている?」
「楽したくて大蛇丸と居たのに」
「馬鹿め」
「お前に言われたくないですよ」
「・・・ほう・・」
フッと海士仁が目を和らげた。牡蠣殻は気付かない。
鞄から薬包を取り出して口に含むと、海士仁が差し出した湯呑みを煽る。
「だだだ・・・動くと響く・・・コレ、縫わなきゃないですかね」
「お前、もうあの男と去ね」
「は?」
「草を出ろ」
「・・・・・海士仁、お前、変わった?口数も増えたし、何だか・・・」
「親になったからな」
海士仁の一言に牡蠣殻の目が大きく見開かれた。
「え?あ、そうか。とうに月は満ちてるもんな。え、じゃあ杏可也さん・・・」
「元気でいたろう?」
「お子の世話は誰が?」
「・・・・」
黙ってニヤリと笑った海士仁に、牡蠣殻は目を瞬かせた。
「お前が!?・・・お子は無事?」
「馬鹿」