第10章 生殺与奪
「どうするつもりです」
咎め立てする声音で言った鬼鮫に海士仁は顎を上げた。
「手当」
顎を上げた拍子に襟元から覗いた傷痕を見、鬼鮫はフと笑った。
「目を覚ましてあなたを認めたら斬りかかって来るかも知れませんよ」
「無い。既に顔は合わせている」
事も無げに吐かれた海士仁の言葉に虚を突かれる
「そうですか」
顔色を変えずに言うと、海士仁は軽く頷いた。
「大蛇丸から遣わされてきた」
「・・・成る程。この半年あの蛇と居た訳ですか。二人揃って何処に雲隠れしていたのやら」
「草の連中は磯辺の血を知らぬ。無闇に傷を負わせるな。厄介」
「知らない?では何故この人がここにいるのです」
「物好きな女が巧者の技に気を唆られた」
「物好きな女?誰です」
牡蠣殻から溢れ続ける血を気にしながらも聞かずにいられなかった。
「第二夫人芙蓉」
「第二夫人・・・」
「見た筈。肉付きのいい派手な女」
「ああ・・・いましたねえ」
後宮で牡蠣殻に戯れて笑っていた豊満な女を思い出す。
鬼鮫は苦笑した。
見た筈とは、鬼鮫とデイダラが許可なしに後宮へ踏み入ったのを海士仁は知っているという事だ。
「戯れに後宮の守りを磯辺に依頼した」
「この人に守りをねえ・・・」
「使えぬ事もない。胡乱な輩が入り込んでも磯辺なら女をまとめて逃がす事が出来る」
にやりと笑って海士仁は鬼鮫の顔を見た。
「現に昨日早速役に立って見せたと聞く。何処かの間抜けが後宮に入り込んだとか」
「フ。何処かの間抜けですか」
苦笑いした鬼鮫に冷たい風が吹き付けた。
「見舞いたくば俺を訪ねろ。ついでに面白いヤツに会える」
「杏可也とかいう人の事ですか?気が進みませんねえ・・・あの人とは気が合わなさそうだ」
「気になるなら訊ね来い」
楽しげな声を残して海士仁は腕の牡蠣殻ごと失せる。
残された鬼鮫は折れ飛んだ牡蠣殻の歯を握り締め、その拳を額に当てて顔を伏せた。
「…結局…」
牡蠣殻を叩きつけた桜の幹に片手を預け、薄く笑う。
「一言も、話しませんでしたねえ・・・」