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連れ立って歩く 其の三 鮫と虚貝編 ー干柿鬼鮫ー

第10章 生殺与奪


牡蠣殻がえずきながら立ち上がる。
それが動き出すより先に、鬼鮫はヒュッと前に跳んで腋を庇って隙だらけの左を、首の根から右腋へ袈裟懸けに鮫肌を振るった。

「・・・・ぅッ!!!」

後ろへ倒れ込んで避けた牡蠣殻だったが、一時遅い。切っ先が骨を掠ってカツと柄を震わせる。振り抜いた鮫肌は牡蠣殻の首根から鎖骨辺りを噛み千切り、血が噴いた。

倒れ込んだ牡蠣殻はそのまま反転して後退し、片膝をついてまたえずいている。

千切れた袷と徳利首が、ぐんぐん血に染まる。
フラフラとまた立ち上がったところへただの三歩で間を詰め、鬼鮫は牡蠣殻の右の横面を膏薬の上から力任せに払った。

手の甲に痛みが走る。歯がいったか。

牡蠣殻は左に吹っ飛んで頭から葉桜の幹に激突し、麻袋のように地面に落ちて動かなくなった。

「・・・・・・・・」

ピクリともしない牡蠣殻に向かって足を踏み出したとき、冷たい風が湧いて鬼鮫の外套をヒラリと持ち上げた。

「もういいだろう」

細く編んだ髪を纏わらせて海士仁が現れる。

鬼鮫は足を止めて目を細めた。

「矢張り居ましたか。あの女がいたのだから居るとは思っていましたが」

「派手にやった」

牡蠣殻を見下ろし自分が傷付いたような顔をして、海士仁は懐に手を入れた。

「これ以上は駄目だ」

鬼鮫の顔をじっと見て海士仁が舌打ちした。

「殺して奪うは容易い」

牡蠣殻の傍らに膝をついて、傷を改めながら苦笑いする。

「深水さんの話ですかね?」

鬼鮫に言われて海士仁の苦笑は更に深く苦くなった。

「一度奪えば二度目はない」

「五度目まで数えられるのが身近にいますがね。まあ普通は一度がキリでしょう」

「・・・・殺して奪うは容易い」

「さっきも聞きましたよ」

素っ気なく言う鬼鮫に海士仁は草の間から拾い上げた何かを差し出した。

「与えられないものを奪うのは後悔を伴う」

片眉を上げた鬼鮫にそれを押し付けて、海士仁は人の悪い顔で笑った。

「歯も三度目はない。酷な真似をする」

「・・・・ああ、成る程」

掌に転がった赤く白いものに鬼鮫は微かに痛いような顔をした。
牡蠣殻の歯だ。

「ない女振りが更に下がった」

「女振りは元からあまり関係ないでしょう。この人には」

「フ」

海士仁は慎重に牡蠣殻を抱き上げてまた笑った。
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