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連れ立って歩く 其の三 鮫と虚貝編 ー干柿鬼鮫ー

第9章 闇夜


砂を出てからこの方、牡蠣殻は屋内でうまく寝る事が出来なくなっていた。

後宮の園生。下生えの繁る樹花の庭で、牡蠣殻は花海棠の根元に寄り掛かっていた。

もう辺りは真暗い。

空を見上げても月は見えなかった。円かった月は、ほんの少し欠けた姿で厚い雲の上にいて雲海を照らしているだろう。ただその灯りはここまで降りては来ない。

牡蠣殻は深い息を吐いて腹の上で手を組んだ。

顎の傷がヒリヒリと痛んだ。また出血しているのか。
半年前に負ったこの傷は、塞がることと破れることを繰り返し、何故か完治する様子を見せない。

薬を呑まねばと思うものの、億劫で体が動かない。湿った空気に花や草の匂いが纏わってやけに重い。

半年前大蛇丸は、死にかけの牡蠣殻に言った。
考える事が辛いなら替わりに考えてやる。 決める事が辛いなら替わりに決めてやる。
ついて来るか。

牡蠣殻は答えなかった。
頷かなかったが、首を振りもしなかった。
それが肯定になった。

どうでもいい。考えるのも決めるのも面倒だった。

深水が死んだ。
幼い頃から幾度となく命を救ってくれた恩人で、家族と離れてからも強く叱ってくれる大事な師だった。

喪失は恐怖だ。これ以上恐ろしい事はない。

また誰かを喪ったら?例えば、友と思った相手、慕い親しんだ人。初めて我から手を握りたいと思った男を?

そこで牡蠣殻は、杏可也を、海士仁をどう思うかすら、放棄した。深水も磯も、鬼鮫さえ遠くに思う事にした。

好くのも嫌うのも厭だ。

関わらなければ失くさない。失くしたくなければ大事なものなど持たなければいい。
そもそも他人を害する自分が何を携えようというのか。

隙間風のように人と交わればいい。

欠けた考え、間違ったやり方、幼稚な自分。忌血。だから何だ。もういいのだ。

そこへ更に大蛇丸が孔を開けた。孔の向こうに抜け道が見えた。

牡蠣殻は逃げたのだ。

怠げに横たわったまま、牡蠣殻は懐を探って煙草を取り出した。

燐寸を擦って目をすがめる。

大きな人影が浮かび上がったように思えた刹那、火が消えた。

硫黄が目に染みた。思わず背けた顔に触れたものがある。

温かい。

牡蠣殻は身動ぎひとつせず、茫洋とその感触に身を任せた。

針槐が一際匂う。背の高い木花。

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