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連れ立って歩く 其の三 鮫と虚貝編 ー干柿鬼鮫ー

第2章 春の磯


水辺りを好んで群生する芹も陽当たりのいい土手に鱗茎を下ろす野蒜も、一度意識すれば見逃しようもなくよく目にする身近な薬草だ。
食用としても用いやすく、フと千切って湯がくなり羹に散らすなりすれば、共に独特の風味を難なく楽しめる。

「ホントそこら辺にあんだな。あんま考えた事なかったわ」

野蒜を踏みつけた事を指摘されたカンクロウが、片足をあげてひしゃいでしまった野蒜を見下ろし申し訳なさそうな顔をした。

「野蒜は旨いよな。葱みてぇな味で」

「あんま食い過ぎると鼻血噴くぞ。野蒜は増血作用があるし、精がつく。がっつくとカッカすっからな」

「またオメエらしい雑な講釈だな。で、芹は?」

まだ若く柔らかな芹の淡い茎を折り摘んで、その匂いを嗅ぎながらシカマルが訊ねる。藻裾は腕を組んで周りを見回しながら答えた。

「ソイツも精がつくよ。止血や解熱作用もある。一体に春先の草は薬効の強いモンが多い。冬の間に停滞した体の性を活発にする作用があるんだ。自然の摂理ってのかな?季節と一緒に体も変わるようになってんだよ」

「おお、化けが頭良さそうな事言ってっぞ」

「やかましい。良さそうじゃねえ、いんだよ、アタシの頭は」

「まだ言うか、オメエは」

いつの間にか両手に溢れる程の芹を摘んだシカマルが、苦笑して立ち上がった。藻裾の腰に結わえた腰かごに芹を入れ、伸びをする。どうやら少し機嫌が直ってきたようだ。

「芹と野蒜で何を作んじゃん?昼飯に使うんだろ、コレ」

野蒜を器用な手付きで掘り起こしたカンクロウが、白く丸い鱗茎を目の高さに上げてしげしげと眺め、藻裾に視線を移した。

藻裾はちょっと渋い顔をした。

「どうせ蕎麦だろ。芹をどっさり入れて野蒜味噌を添えた蕎麦は波平様の春のお得意だ。草ばっかじゃ食った気しねえし、蕎麦よか饂飩派だからアタシはあんま好きじゃねんだよなあ」

そこまで言うといったん口を閉じて、肩をすくめる。

「どっちも食い易くて血に効くから、あの人やたらと牡蠣殻さんに食わせたがってさ。蕎麦と芹は兎も角、食い過ぎると逆上せるって生の野蒜はあんま好かねえ牡蠣殻さんは、この時期の昼飯時になるとえれェ露骨に波平様を避けてたな」

「揃いも揃って人の好意を無にするろくでもねえ部下じゃん」

「工夫がねんだって、波平様は。同じモンばっか毎日食いたかねえだろ?」

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