第8章 華やかな垣根の向こう
「後宮なんて言われてもさあ。他人のハーレムに紛れ込むなんて別に嬉しくも何ともないよね。そらまあ、自分好みの女の子ばっか集まってるってんなら話はべつだけど」
「・・・さっきからその話ばかりしているな、水月。素直に楽しみだと言えばすむ事なのに、正直くどいぞ」
「あぁ?何だよ重吾。キミは興味ないってか?いーや、有り得ないね。ボクらの歳で女の子に興味がない男なんて、ボクは認めないよ?あー、認めない。認めないね!」
「矢張り興味津々か・・・」
「悪い!?健全じゃん!?健全だよ!?健全で悪い!?健全なボクに何か!?」
「いや、別に全く何もない。ただくどいと思っただけだ。気にしないでくれ」
「なんっか腹立つよね、キミってさ?何なの?そんなに嫌われたいの?一匹狼症候群?は、ダサ」
「ああ、ダサいな。何だ、一匹狼症候群って?」
「揚げ足とるなよ!」
「?普通に不思議に思っただけだ。どこが揚げ足なんだ?」
「それも揚げ足だよね!?」
「・・・お前の言う揚げ足って一体何なんだ?俺にはちょっとよくわからない」
「残念」
案内役のバカに細長い男がポツリと呟いて、水月と重吾は口を噤んだ。
朝早くに叩き起こされ、喚く香燐に引っ掻かれながら実験の手伝いをさせられ、訳もわからず草に送り込まれ、着いて早々同行のカキガラと引き離され、主に単語しか話さない妙な男に連れられて、二人は高居の長く豪壮な回廊を歩いていた。
「何だよ。何が残念なのさ」
ムッとした水月に男は切れ長で黒目勝ちすぎる目を向けた。
何もかもが細く長い異相の持ち主だが、不思議に目を惹く。切れ込みのような唇の薄い大きな口の端を上げて笑いながら、顎を浮かせたその首にギザキザとした赤い傷痕が覗いた。
「残念」
尚も可笑しげに笑いながら、男がまた低く言った。
水月は眉をひそめる。
「だから何が」
「行かぬ」
「あ?」
「行かぬよ」
「行かないって何処に・・・」
「後宮には行かないと言う事だろう」
見かねた重吾が口を挟む。水月は目を見開いた。
「マジで?何でだよ?カキガラだけ?」
「フ。おめでたい」
鼻で笑った男に水月は目を三角にした。
「ムカつくな!普通に話せよ、人に通訳させないでさ!」
「サスケは?」
「あ?」
「サスケ」
「・・・何、アンタサスケの知り合い?」