第8章 華やかな垣根の向こう
「ジョッキねえ・・・」
「ん?まだ足りねえか?うん?じゃガロン入りの牛乳でどうだ?あれはでけェぞ。アメリカ人はスゲエな。牛乳呑みすぎだ、うん」
「・・・一体何の話です」
「うん?後宮の話だろ?うん。それがどうした?」
「・・・一応人の話を覚えてはいたようですね」
「何だ?バカにしてんのか?うん?」
「・・・わざわざ私がバカにするまでもないでしょう」
フッと息を吐いて鬼鮫はデイダラから目を反らした。
「私は後宮に行きます。邪魔をするならここからは別行動でお願いしますよ」
「後宮に?行くってか?オメエが?うん?・・・・一体何しに?」
「何ですか、その目は?」
「いや」
「言いたい事があるならさっさと言いなさい。苛々しますねえ」
「そんなとこ行って何すんだよ?うん?竜宮城張りの鯛や鮃の舞い踊りでも眺めてぇのか?鮫が乱入しちゃ気の毒だぞ?止めとけ」
「はあ。また下らない事を・・・」
「だってそんな女ばっかンとこ行ってどうすんだよ?んなとこにアイツがいるか?うん?」
「・・・・・アイツ?」
サッと鬼鮫の表情が閉じた。触ると痛いのではないかと思うような冷たい顔になる。
デイダラは即座にしまったとばかりに舌打ちしたが、開き直って言い募った。
「そんなフワフワしたとこに、牡蠣殻なんかいねえと思うぞ、オイラは」
「誰があの女が後宮にいそうだといいました?あれが後宮など縁がない女なのは判りきったことでしょう」
鬼鮫はうんざりしたように言い捨てて歩を速めた。
「・・・・しかしあの女の居所の掴みになりそうな相手なら、いてもおかしくはない」
独り言ちてチラとデイダラを顧みる。
「何だよ?」
デイダラが眉をひそめて見返すのを流して、鬼鮫は窓表の雅やかな庭園に目をやった。
広い庭園の一角に花の木が多い華やかな箇所がチラリと窺える。高い塀に覆われているが、その上から針槐や藤、桐に朴花、花水木等背の高い花木が身を覗かせている。
塀向こうは更に樹花が華やいでいるのだろう。
鬼鮫は目をすがめて口角を上げた。
「私の用より、あなたの用を足すことになるかも知れませんね」