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連れ立って歩く 其の三 鮫と虚貝編 ー干柿鬼鮫ー

第20章 杏可也、そして牡蠣殻。



ふと海士仁が寄りかけていた身体を起こした。

次いで黒壇の重い扉が訪いを告げる音に震える。

流麗な半眼を細めて、杏可也は海士仁と目を見交わした。海士仁はチラと天蓋に覆われた寝台を見やった後、腕組みを解いて扉を細く開けた。

「荒浜ッ!為蛍はどうしておるえ⁉」

ドンと海士仁を突き飛ばして室に入り込んできたのは伊草だ。

…何処をうろついていたのやら…

杏可也は内心苦笑しながら、苦しい息の下言葉も出ない芙蓉の手を優しく解いて立ち上がった。

「残念な事です。殿は先刻身罷られました」

慰めに抱き締めようと手を広げて海士仁の様子に気付く。伊草の陰、杏可也の目には映らぬ誰かを認めて僅かながら動揺している。

…何?

眉をひそめた杏可也の目が、先ず大きな人影を捉えた。
海士仁程もある背丈、暗い青灰色の髪。ー黒衣装の男。
こっちを見て片口を上げ、皮肉げに笑っている。

伊草が傍らをすり抜けて寝台に向かったが、杏可也は頓着なく鮫の目を見返した。

ー干柿鬼鮫…

何故ここに?まだ草でトグロを巻いていたか。愚かな。

上がりかけた口角が、次いで現れた者への驚きでスッと下がった。

「磯辺」

包帯と膏薬、眉間のシワと目の下の隈、見苦しい程くたびれた牡蠣殻が、杏可也を見て礼をとった。

「お目汚し平にご容赦願います。宰相殿に申しつかりまして参じました。可能な事であればお力添えさせて頂きたく存じます」

…あら…この物言い…。

磯辺は私が螺鈿である事を知っている。…誰に聞いたのかしら?干柿か、大蛇丸か…。大蛇丸に聞いたとすれば、存外食えないわね、磯辺?
素知らぬ顔で後宮で私に接していた事になるものねえ。

チクと胸が痛んだ。
謀られるのは好きではない。増して信用している相手ならば。

傷付く。

「…何故戻った。…愚か者」

海士仁が低く吐き捨てた。

杏可也はフッと笑った。

そう。馬鹿ねえ。
よく戻った事、磯辺。嬉しいわ。

背後から伊草の嗚咽が聞こえて来た。兄の死を認めたらしい。

「勿論力を貸して貰います。ありがとう、磯辺。海士仁、採血の支度をなさい」

苦々しげな海士仁ヘ言いつけて、杏可也は牡蠣殻と鬼鮫を見比べた。

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