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連れ立って歩く 其の三 鮫と虚貝編 ー干柿鬼鮫ー

第20章 杏可也、そして牡蠣殻。



芙蓉は陽気な女だ。口が軽く、新しもの好きで我が儘、自分の事ばかりが気になるいつまでも子供の様な妃。良家出の母は既になく、位高い父は隠匿して薬事院に務め昔程の権勢も欲もなく、ただ娘と孫の言いなりになっている。

為蛍の後継に据えられる可能性のある継承者は八人。うち上位を占める三人が芙蓉の息子で四位が伊草。残る四人は女か幼な子、いずれも位号の低い後ろ盾も無い妃の子で、継承の可能性はぐんと低い。
そして芙蓉の三人の息子は、揃いも揃って母の尻に敷かれてとんと覇気のない凡庸な趣味人だ。

つまり。

芙蓉さえ掌中に治めれば懇意にしている伊草を容易に草の君主に立てられる訳だ。

「螺鈿?···螺鈿⁉そこにおるかえ?おるのだろう?目が見えなくなって来たわ!妾の目が!!」

鼻と口から血を流しながら金切り声を上げる芙蓉は、見た事もない程青い顔をしている。ふくよかで血色よく、玉のような肌が自慢だった淑妃の見る影もない。

芙蓉が彷徨わせる戒指も綺羅びやかな手に、杏可也は我の桜色の爪が光る嫋やかな手を添えた。

「助けてたも?妾はまだ死にとうない···!」

爪を立てて握り返す芙蓉に顔をしかめながら、杏可也は優しくその手を撫でた。

「勿論助けてあげたいと思っていてよ、芙蓉。可哀想に、さぞ苦しい事でしょう」

室の扉の脇で海士仁が腕組みして壁に寄りかかっている。すがめられた目からは表情が窺えないが、気にならない。海士仁は決して杏可也を裏切らない。それを知っているから海士仁の表情を読む必要はないのだ。

牡蠣殻は波平が連れて失せた。
あの愚かで可愛い弟が。
座して待てばこの姉が良いように計らったものを、勇み足でまた逃げ出すに決まっている逃げ功者を攫って何になる。
気付かれぬうちに取り込んで、逃げ回る足をもいでしまわねば、功者が失せるのを確実に止める事は出来ない。吸って吐くように失せる輩は骨抜きにするのが良手。

海士仁が杏可也に溺れたように、杏可也は牡蠣殻も搦め捕るつもりでいた。

勝算はあった。

芙蓉を口車に乗せ、牡蠣殻を草に誘き寄せる。牡蠣殻は杏可也を好いている。信じている。秘かに好意を寄せていただろう深水と杏可也を並べて見る程に。

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