第20章 杏可也、そして牡蠣殻。
警備のある室が覗える回廊の角。
芙蓉と為蛍が、そして恐らくは杏可也、海士仁がいるであろう草の君主の居室。
しぶとい牡蠣殻が気付き次第周りを振り切って現れようとするであろう場所。鬼鮫の予想は的中した。
「慣れて来ると随分わかり易いのかも知れませんねえ、あなたは」
「そうですか?いやいやいや、そんなそんな。私なんかもう、まだまだ、まだまだですよ。干柿さんには遠く及びません」
「···不愉快ですねえ···」
「あれ?褒めて下さったんじゃないんですか?」
「改めて言いますけどね、あなた馬鹿ですか。やっぱり死ななければ治らない業病なんですかね、馬鹿ってヤツは」
「本当に死んだら治りますかね」
「死にっ放しでいれば少なくとも周りに迷惑をかける事はないでしょう」
「成る程。それはそうかも知れません。しかしもし死後の世界というものがあるならば、そこで改めて迷惑をかける事になりませんかね?そうすると右のものを左に動かしただけの話で問題の解決になりませんよ?」
「ふむ。誰しもいずれ左に行く事を考えると正に迷惑の永久運動ですねえ」
「とは言え、左のものもいずれ右に戻るでしょうから、迷惑かけられたくない人は死期をずらされたら如何でしょうかね?」
「右と左の入れ違いを狙う訳ですか。成る程」
「ですから干柿さんも私に迷惑をかけられたくなかったら、とっとと左に行くか苔が生えるまで右に居座るかしなきゃなりませんよ?私は手っ取り早い左をお薦めしますがね」
「あなたを左送りにするのが一番手っ取り早いんじゃないかと思いますよ」
「おお!そこに気付かれましたか。反射的にそんな返答が浮かぶとは流石干柿さん。伊達に偉大な父親を持つドSの看板を背負っぱってないですね」
「私はあのサドとかいう男は嫌いだと言いましたが?」
「おや、反抗期ですか?相変わらず情緒不安定なんですねえ···」
「···あなたほんっとに変わってないですね?少しはしおらしくなったと思ったのは私の気の迷いだったようです。他人事ながら情けない」
「干柿さんもお変わりなくて何よりです。私の事で心を痛めたりなさらずに、どうぞ思う様変わりない自分を嘆いて下さい。暁で」
「それは邪魔だからさっさと帰れと言う事ですか」
「そんな事言ってませんよ。物思いに耽るのも悪くないんじゃないかと言ってるんです。暁で」