第20章 杏可也、そして牡蠣殻。
得る為に追うのは容易な事ではない。壊し無くすだけならば、これに越した楽はないのだが。
覚束ない虚ろ身で追ったところで何が出来る訳ではないのはわかっている。増して助成のない我が身頼りの虚ろ身、いつもなら七割の力、今は五割あるかないか。
自嘲せずにいられないが、仕方がない。
それでも愚を犯したのは物分りのいい顔をしてまたも引いた我を、鬼鮫自身見過ごしかねたからだ。
今までと違う約束をした。明らかに私を求めた。あの牡蠣殻が。逃げ功者が。
ならば待てばいい。
逃げ水か陽炎のようだった牡蠣殻が、黙っていてもこの腕に戻るという、安逸で正直に言えば味わってみたい愉悦に浸りたくなった。
逃げ功者が我から望んで鬼鮫の元へ帰る。
闇雲に追ってまた取り零す焦燥感や怒りを繰り返し味わうやるせなさは今や無用なのだ。
信じて待てばいい。私は充分追った。追って結果、手に入れたのだ。疑う必要はない。手を伸ばせば生死を含めた牡蠣殻の全てに届く。
今度あの女が戻ってくれば。
磯の忌々しい小娘に冷水を掛けられなければ、そのまま安寧と何もかも見失うところだった。
私は浮輪とは違う。私が目に入らないのならば、私から目を離す事が出来ぬまで追い詰めて捕える。逃げたらば追う。幾度でも。一度喰らいついたらば離さぬのが鮫、私だ。
正道に悖るべきではない。
追い詰めるのが私の本分であり、本領。
あの女が何を思って何をするかは問題ではない。私が何を思い何をしたいか、これこそが一義。
全てはそこから始まったのだ。
「初心忘るべからずってヤツですよ。いい言葉ですねえ?そう思いませんか」
「私は貴方がここにいる意味がびた一文わからないのですが」
「説明しますか?」
「要りません」
鬼鮫は牡蠣殻の腕を掴んで笑っている。
牡蠣殻は鬼鮫に腕を掴まれて眉をひそめている。
「ふ。ひとつ学びましたよ。待つも追うの内。日日是精進ですねえ。裏を反す事の意義は思うより大きい。私好みの発見です」
「貴方の好みに関しては色々言いたい事がありますが、言って聞く貴方ではないし言っている場合でもないので今は口を拭いましょう。全く厄介な」