第14章 引き際の線引き
「おお!?おおぉ!?」
見慣れたアジトを見止めて飛段が素っ頓狂な声を上げた。
「・・・うん?・・・失せたのか?便利だな、うん・・・」
呆然と辺りを見回すデイダラを尻目に鬼鮫は牡蠣殻の腕を捻り上げた。
「どういうつもりです?」
牡蠣殻が笑った。時々見せるあの何の捻りもない笑顔。
鬼鮫は動揺した。
何故今そんな顔で笑うんです?
更にきつく腕を捻り引き寄せた鬼鮫を、牡蠣殻が空いた腕で抱き寄せた。
「貴方のお陰で、私は貴方の牡蠣殻になれた。どこの誰でもない空っぽの牡蠣殻じゃなくなった」
「…さあ、私がそんな何かをした覚えはありませんが…」
鬼鮫の腕の中で牡蠣殻は背伸びして鬼鮫の耳元に口を寄せた。
「恩もしがらみもきちんとしたら、すぐあなたに会いに行きます。そのときはもっと仲良くして下さい。私、素直になりますから」
そんな必要はありません。そのままのあなたでいればいい。素直なあなたなど、座りが悪くてならない。
フと牡蠣殻を抱いた鬼鮫の腕が弛んだ。
…そのままの牡蠣殻…。
波平のした事がわかった。波平が欲しかったものも、得られなかったものも。
「・・・あなた私に甘えてますね?」
苦笑いして腕を解く。
「甘えてますねえ。初めて会ったときから、甘えて来たと思います。干柿さんには無理が言える。こんなに怖い人なのにずっと不思議でした」
牡蠣殻は真黒い瞳をひたと鬼鮫に据えて、そよぐ柳の目で笑った。
「どこにいても貴方が必ず私を見付けて息の根を止めてくれるんでしょう?だから私は安心して何処にでもいけるんです」
「成る程。どうしても私に殺して欲しい?」
「貴方に始末をつけて貰えるなら、畳の上で死ねなくてもいいと思う程度には」
「勝手な事言いますね」
「でしょう?貴方にしか言えませんよ、こんな事」
「ならば約束を違えない事ですね。今度は鮫肌を一太刀浴びせるくらいではすまされませんよ?」
「歯の一本でもすまないでしょうね」
にっと笑った牡蠣殻の歯の欠けた口の端に、鬼鮫は己が口を寄せた。乾いた感触を感じながら胸が冷えるのを感じる。
…腑に落ちない。しかし、止め方を思い出せない。何故だ。
「…煙草を吸う度せいぜい私を思い出しなさい」
「思い出す間もなく戻ります。ありがとう、干柿さん」