第13章 鬼鮫と磯辺
苦笑して鬼鮫は牡蠣殻の手をとった。
「黙ってわかって貰おうとするのは止めなさい。それこそ自分勝手ですよ。その点に於いてあなたはあまりに幼稚だ。糺しなさい」
乾いて薄い掌に鈍色の守りを落として、鬼鮫は初めて逃げ出す気配無く話す巧者の、黒く切れ上がった扁桃型の目を覗き込む。
「自分で決めると言うのは、それがどういう事かよく考えた上の話なんですかね?」
数多の傷跡の走る小さな手がチリと守りを握り締めた。鬼鮫の熱が残る温かい守り。
掌を開いて指輪に刻まれた雪中花を考え深げに眺めた後、牡蠣殻は真顔で鬼鮫を見返した。
「その上の話です」
自らの手で守りは牡蠣殻の首に留められた。
牡蠣殻が笑う。
あの何の捻りもない無心な笑顔で。
鬼鮫が牡蠣殻を抱き締めた。抱き反す牡蠣殻は鬼鮫の胸に額をつける。深い深い息を吐きながら。
逃げ水は消えた。
牡蠣殻が居る。
殊更に力を入れて逃げない巧者を抱き締め、鬼鮫はフと笑った。
「しかし牡蠣殻さん、面白いはあなたの口癖でもありますよ?人に怒るより先ず自省すべきじゃないですかね」
「アレ?」
「あれじゃありませんよ。あなたが直したら私も考えましょう。それが筋というものです」
「・・・またも不公平な気がしますねえ・・・私が直したら貴方は考える?筋ってそんなモンでしたかね」
「そうなりますね、私といる限りは。諦めなさい」
「また諦め?諦めばかりの人生か?いやいやいや、待って下さい。何ですか、そのモノ凄い先行きの暗さは。早速後悔が首をもたげ始めましたよ。勘弁して下さい」
「言葉の選び方がまずかったですかね。言い換えましょう。慣れなさい。慣れるよう納得いくまで考えなさい」
「また慣れですか。しかも考えて慣れろ?干柿さん、私を愚弄していませんか?矛盾した事を押し付けるのは止めて下さい。頭がこんがらがる。只でさえずっと寝不足だと言うのにまたまたまたまたややこしい・・・」
「ああ、ひどい顔してますよ。何だって寝不足になんかなってるんです?大体意味もなく外で寝るなんてあなた何を考えてるんです。見苦しい」
「それは失礼しました」
牡蠣殻は顔を上げて鬼鮫を仰ぎ見た。
「ですが、寝不足は、治る気がします。···多分、もう大丈夫です」