第13章 鬼鮫と磯辺
袷の襟を爪の染まった指が引き広げる。そのままその大きくて器用な手は徳利首を鷲掴み、牡蠣殻を鬼鮫の側近くへ寄せた。
二の腕に手をかけてくるりと牡蠣殻の体を反す。襟を下げて包帯を巻いた首を露わにすると、鈍色の鎖があった。
「怖くて人と向き合えない」
チリと音を立てて鎖の輪が外される。
ギュッと目を閉じて、牡蠣殻は小さな声で呟いた。
首が軽い。心許ない軽さだ。
「だから逃げ回る。私は自分の事しか考えられ・・・・」
「それの何が悪いんです?」
「は?」
牡蠣殻が呆けた顔を上げる。
「はって何です。いいじゃないですか、それで」
外した守りを掌で弄びながら鬼鮫が肩をすくめた。
「それがあなたでしょう?それでいいじゃないですか」
「そんな自分勝手が良い訳ありますか」
呆れる牡蠣殻に鬼鮫は笑った。
「そんな風に矛盾しながらあなた苦しんでるじゃないですか。それで充分ですよ。それにそういうあなたを見るのも、私は嫌いじゃないらしい」
「・・・はあ・・・」
解せない様子で眉を潜める牡蠣殻へ鬼鮫は面白そうな顔を向ける。
「ただ、逃げるのは頂けない。殊にこの私から逃げるなど以ての外です。以後自重しなさい。弁えなければいずれ本当に死ぬ事になりますよ。痛い目を見て少しは反省すればいいんですがね。あなた、そういうタイプでもないですしねえ。全く先は長そうだ」
「そういうタイプでもないって何なんです?」
「懲りないと言ってるんですよ。人の話も聞かないしね。腰低く見せて人の思い通りにならないでしょう。そういうのが一番腹が立つし加虐心を煽る」
「・・・はあ・・・貴方の性癖を刺激するタイプという事ですか。そりゃ早々に糺すべきですね」
「私の事も怖いんですか?」
「そりゃ貴方の事は大概の人が怖いでしょう」
「・・・そういう事聞いてるんじゃないですよ。わかってるでしょう?」
「・・・怖いですよ。一番怖い」
「フン?成る程わかりました。なかなか可愛らしい事を言う。ですがその点においてあなたは私を怖がる必要はありません。あなたがどうあろうと、あなたが私のものである事に変わりはありませんからね。あなたに他の在り方は許さない。今回の事で私も色々と再認識しました。私は実際にあなたの生殺与奪を握って離しませんよ。怖がるよりむしろ諦めなさい」
「諦める?」