第13章 鬼鮫と磯辺
「へえ。アイツが人によくするなんて事があんのかね?・・・・つうか、同じ人のお話してますよね、ワタシたち?」
「してると思いますよ。それぞれの捉え方次第でしょう。少なくとも私はあの人に感謝しています」
牡蠣殻は恬淡と告げてうんと伸びすると、寝台からおりた。相変わらずの牡蠣殻に、飛段は苦笑する。
「では私はこれで失礼します。一応連れがいますから。心配はしていないかと思いますが、探していたりしたら申し訳ないのでね」
「連れ?」
デイダラがチラリと鬼鮫を見、飛段と顔を見合わせた。
牡蠣殻は鬼鮫を見ない。
鬼鮫に向かって話さない。
鬼鮫は怒るかと思いきや、椅子にかけて腕組み足組みしたまま、じっとやり取りを聞いている。
デイダラは面白そうに二人を見比べ、自称平和主義者の飛段は居心地悪そうに盆の窪に手を当てた。
「・・・どうでもいんだけどよ。まあ、何か気まずいから一応聞いとくな?何かあったのか、オメエら?」
自分勝手で恩知らずな女はそれには答えず、鬼鮫を顧みもせず、ただ首を振った。
「兎に角私はこうして生きておりますから。先の事になるかとは思いますが、落ち着いたら出向いて自ら詫びを入れます。波平様にはただ牡蠣殻に気を回す必要がない旨、お伝え下さい」
包帯に巻かれた首を擦り、眼鏡のない目を擦ると牡蠣殻は一礼して足を踏み出した。
そのとき鬼鮫が動いた。歴史は動かなかったが鬼鮫が動いた。
動いた鬼鮫の拳骨が牡蠣殻の脳天に落ちた。
「ぎゃふッ」
「・・・フ。矢っ張りぎゃふなんですねえ。相変わらず笑わせてくれますよ、このバカ女は」
頭を抱え込んだ牡蠣殻を見下ろして、鬼鮫は小気味良さげに口角を上げた。
「今のぎゃふは私に対する発言でしょうね。久方ぶりの第一声がこれとは、全く間抜けなあなたらしい」
鬼鮫を掬い上げるように睨みつけた牡蠣殻の喉の奥からぐぅと音が洩れる。
これを聞き逃す鬼鮫の筈もなく、今度は顎を引いて失笑した。
「ハ、今度はぐぅの音ですか。また絵にかいたような馬鹿馬鹿しさですねえ。ぎゃふも驚きましたがね、ぐぅなんていう人も初めて見ましたよ。グダグダ生真面目な口をきくわりに吸って吐くように下らない。牡蠣殻磯辺、慇懃無礼で得手勝手、腹立たしいが私には面白い。そう思えなくもない」