第12章 牡蠣殻はやっと眠たい
言ってから、鬼鮫はフと口角を上げた。
「正直、あなたに興味がないとは言いませんよ。深水さんや荒浜の気持ちもわからなくはない。あなたのその取り澄ました顔が乱れる様を見るのはさぞや愉しい事でしょう」
「試してごらんになる?私もあなたに興味がありますよ。あなたのような男が女に溺れる様は、さぞやいい見物でしょう。見てみたい」
鬼鮫はスッと目を細めた。
「そんな事で満たされる欲なら、相手は私でなくとも一向に構わないんじゃないですかね」
杏可也は黙って笑った。
「私とあなたが似たような欲を抱えているのは確かです。しかしそれを利用して私を謀ろうとしても無駄ですよ。あなたはただ私をあの人から引き離したいだけなのでしょう?」
鬼鮫も薄笑いを浮かべたまま、杏可也を見やった。
「私の欲はあなたでは満たされようがない。それに残念ながら」
立ち上がって窓辺へ移った鬼鮫は表の一点に気付いて口を噤み、ややあって諦め顔で続けた。
「・・・残念ながら、嫋やかなあなたを蹂躙するより、口の減らない女を痛め付ける方が私の興を唆るようだ」
鬼鮫の様子に杏可也が眉をひそめて、窓の表に目を走らせる。
園生のあの葉桜の幹の上に体のそちこちに包帯を巻き付けた牡蠣殻が寝ていた。
幹のカーブに合わせて体を弛いくの字に曲げ、腹の上で両手を組み、眉間に深い皺を寄せている。
「変わらないわね。深水が見たら苦笑いします」
フッと笑って杏可也は頭を振った。
「波平なら声を出して笑うわ。楽しそうに、好もしそうに」
「好もしい?はあ、まあ蓼食う虫に理屈はありませんからねえ。救いのない事に」
「そうですね。わかります。あなたもそうなのでしょう 」
「さあ。まあどうであろうともあなたに話す事ではないですね」
「・・・あなたに磯辺をあげる訳にはいかない。残念ね」
「やれやれ。話にならない」
鬼鮫は眉をひそめた。
「何度も言わされていい加減うんざりですがね。もう一度だけ言いますよ」
杏可也を顧みて窓辺へ視線を移し、顎を上げて告げる。
「それを決めるのはあなたでもあなたの弟でもない。私です」
「さあ、どうかしらね」
杏可也はふうとお茶を吹いて目を閉じた。
「あまり私を軽く見て貰いたくはないものね」
「軽くも重くも見ちゃいませんよ。別に」