• テキストサイズ

連れ立って歩く 其の三 鮫と虚貝編 ー干柿鬼鮫ー

第12章 牡蠣殻はやっと眠たい


「・・・・何故私があの人を失くしたと思うんです?」

「あら、だって磯辺は戻らないわよ?幾ら抱き締めても口吻ても。ふふ。見かけによらず子供の戯れ事のような真似をするのですね。あなたたちの間柄があの程度のものなら、磯辺を繋ぎ止める事も取り戻す事も無理でしょう」

「見ていたんですか。これはまた随分と悪趣味な」

鬼鮫が顔をしかめるのに、杏可也は婉然と笑った。

「潜師の女は目がきくのです。不失という磯での不自由の替わりに、私の目は人並みを遥かに越えてよく見える」

「フ。怖いですねえ」

「暁にお戻りなさい。そうしてご自分の為さるべき事を為さったら如何?磯辺はあなたのものにはならないわ」

「それはあなたが決める事ではない」

「今の磯辺は自分で何も決めようとしない。まして何か求める事などありません。深水を失くしたのが余程の痛手だったのね。彼を自分の良心のように思っていたから」

「彼女自身にも良心はありますよ。分かりづらいかも知れませんが」

「それを自覚していなければ意味がないのですよ。磯辺は自分を欠けた人間として攻め続ける。彼女にはその穴を埋める相手が必要なのよ」

「また飼い殺す気ですか。よくせき姉弟揃って同じ様な真似をしますねえ」

「波平は人を飼い殺したり出来ません。飼ったと言える程掌に治めた事すらないでしょう。気が優しすぎるのです。不憫な子」

「とんだ姉馬鹿ですねえ。だからあなたがあの人を彼に与えてやろうと言うのですか?呆れた弟思いだが、それは余計なお世話というものでしょう」

「あなたには関係ない事です」

「殊牡蠣殻磯辺という女が関わる限り私に関係のない事などありませんよ。やれやれ。またも姉弟揃って同じ事を言わせる。よく似ていますよ、あなたたちは」

鬼鮫は杏可也を呆れたように見下ろした。

「あの人は私のものです。他の誰かのものになる事はない」

「もし代わりに」

杏可也の手が鬼鮫の頬に伸びた。

「私があなたのものになったら?」

滑らかで柔らかい感触が顔を撫でる。

「欲したものでなければ如何な珠玉も木端石でしかありません。そもそもあなたは誰かのものになれる様な女ではないでしょう?」

柔らかな白い手を顔から離して、鬼鮫はまたため息を吐いた。

「最初にあの人を草に手引きしたのはあなたですね」

「何の事?」
/ 202ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp