第12章 牡蠣殻はやっと眠たい
鬼鮫は杏可也を見返して、僅かに眉根を寄せた。
「今度はそれを笠に着てあの人に何かさせるつもりですか?相変わらず腹黒い」
「ふふ、私にそんな事をいう人も珍しい。私、あなたが嫌いではなくてよ?」
杏可也は芯から楽しげな様子で項を撫で上げた。動く度、天竺葵と百合の薫りが立つ。
「私が初めからあなたをどう思っていたか、わからぬほど愚かな人ではないと思っていましたがねえ。よくのこのこと私の前に現れたものだ。あのときのあなたの失言の数々、私は忘れてはいませんよ?」
薫りを拭うように顔の下半分を払って鬼鮫は口元だけを薄く笑わせた。杏可也は頓着しない。
「そんなに忘れられずにいらしたの?光栄ね。あなた、私に惹かれてるのかしら?」
真珠玉のような女が艶冶に笑う。
「あなたは私と同じ匂いがする。求めても得られないものを諦めきれずに嗅ぎ回る欲深い匂い。私は矢張りあなたが嫌いではないわ」
「成る程」
鬼鮫は改めて杏可也を見た。
初めから見直すように、目の前の女を見た。
白く円く、欠けたところのないように見える嫋やかさ。
「私も大概不逞ですがね。あなたほど自信家ではない。親しくもない私の内心を決めつけるとは肝が太い。優しい顔をして大したものですねえ」
「私が私の形なのは、私が望んだ事じゃない」
杏可也は顔を歪めて笑った。
「いけないかしら?私はこういう女ですよ。ふふ、いっそ心だけ産まれてくれば良かったわね?そうすればわかりやすかったのに」
白い手を慈しむように撫でて、杏可也はついと立ち上がった。
鬼鮫の側近くへ寄り、その顔を覗き込む。
「私はあなたを見くびっていたようですね」
鬼鮫はため息混じりに言うと、腕を組んで足を開いた。
「あの人を草に呼び寄せて何をするつもりです。深水さんにしたように、あの人も手玉にとるつもりですか?またあの師殺しに、今度は朋輩殺しでもさせる気ですかね?」
「・・・あなたが砂で磯辺を失ったのは私のせいではありません。彼女があなたの側にいないのは彼女が自分で選んだ事。八つ当たりはお止めなさいな」