第12章 牡蠣殻はやっと眠たい
「訳ありかいな。構わん構わん。わちはそういう事は気にせんのよ。ずっとそうして来たからの。見ぬのも聞かぬのも得意ぞえ?」
「話さぬ事だけは出来ん。そうした爺だ。悪い奴ではない。が、余計な事は互いの為に言わぬ事」
言って、海士仁がそっと一平を牡蠣殻の腕に託した。
小さいのに不思議に濡れ濡れと重い温かな塊が、ずしりと身を預けて来た。
「・・・ほお・・・・おぉ・・・・」
我ながら妙な声が漏れた。
一揃いの小さな目がじっと牡蠣殻を見詰める。
師に似た箇所を探すのは難しい。赤子を見慣れぬせいか、我が鈍いせいか。一生懸命見返しているうち、瞼が溶けて来た。
眠い。
赤子の湿った熱が、体の毒を吸出していくような心持ち。
「ありゃ、いかん。これ」
伊草の慌てた声にハッとしたときには、落ちかけた一平が間一髪で海士仁の腕に引き取られていた。
目をシバシバさせながら磯辺はこめかみをぐりぐりと指圧した。
「・・・・また来てもいいですか?」
「構わぬ。が、眠ければここで寝て行け。わざわざ戻らずとも・・・」
言いかけた海士仁を掌を立てて押し止め、牡蠣殻は大欠伸した。
「ありがとう。でもよく眠れそうだから放っといて。好きにしたい」
「・・・眠りの前髪?」
「そう」
「気難しいのか」
「逃がしてるうちにこじらせた。好きに寝かせて下さい」
「間抜け」
「うるさい」
「間もなく杏可也が来るぞ」
「後程」
「大丈夫かえ、なあ?」
口を挟んだ伊草に目の下が黒い顔を向けて、牡蠣殻はまたヘラッと笑った。
「大丈夫です。後程」
言いながらガツンゴツンあちこちにぶつかりながら室を出て行く。
「・・・何処へ行くんかいな?」
伊草の問いに海士仁が笑った。
「表。アレは山野に親しむ一族の出、野宿が落ち着く育ちだ」
「ほぉん・・・面白いの」
伊草は目を瞬かせて頷くと、海士仁から一平を受け取った。
「杏可也が来るとな?」
「磯辺の事を伝えたからな。来る」
「なら丁度いい。わち、頼まれ事があったんだえ」
「何だ?」
「磯の女子に会いたいとな、丈高い偉丈夫に頼まれたえ。なかなかの男よ?わちは好きだなえ、もし」
「丈高い偉丈夫?・・・・ハッ」
海士仁は少し考え込んでから、堪らず笑った。
「磯の女子に会いたいと?」