第12章 牡蠣殻はやっと眠たい
紅葉の手。つるっと涎にひかるちっちゃな口。雛の和毛のようなふわっふわの髪。
か、可愛い。
牡蠣殻は半口開けて赤子に見惚れた。
「よう泣く男子なんだンが、気難しいわけではないよ。抱いてみやれ?フンフン、ニフフッ、しかしうぬはホンに女子かえ、もし?あまり女子の匂いのせぬ女子だえな。わち、嫌いではなくてよ、そういう女子は」
赤子を抱いたガタイのいい爺がニコニコと失言をかます。
「ヒラヒラの母者みたような、品良くてフワフワの衣が似合う女人も好き。わちは男子が好きなれど、女子も嫌いではなくてよ。ニフフッ」
牡蠣殻は圧倒されて赤子と爺を見比べる。あの深水の子が女装の不思議な爺に抱かれている。
興味深い組み合わせ、面白い。
群を抜く異相だが人の好さそうなこの爺が海士仁と親しいのがまた面白い。
「名乗れ。磯辺が驚いている」
海士仁が慣れた手付きで赤子を抱き取って爺を促す。その様もまた面白い。
爺がニコニコしながらのし掛かるように牡蠣殻の前に寄った。ふんわり品の良い沈香が薫った。鬼鮫程ではないが十分見上げる丈の爺を見て、牡蠣殻はヘラッと笑った。
あれ?この人好きだな。
思った瞬間、ぎゅっと体を締め上げられる。激痛が脳天を直撃したが、堪える。開けっ広げで何心ない力強さが親しげで懐かしい気がしたから。
「草の伊草爺じゃえ。よろしく恃もうな、磯辺」
初見から名を呼ばれたのは浮輪の一家以来の事だが、何だか嬉しかった。
照れ臭く思いながら、傷を圧して伊草を抱き返す。
「い・・・」
「コレは里抜けの身。仔細は無し。聞くな。牡蠣殻磯辺、俺と杏可也の古い知り合い」
牡蠣殻を遮って海士仁が口早に言った。ムッとして見ると、目顔で諭される。磯の名を出すなという事か。
「海士仁、名乗りは己でするものよ?全く無粋な男ぞな」
「知らん」
「知らん知らんの荒浜が。そんなだから皆に煙たがられるのよな、もし」
「構わん」
一平をあやしながら海士仁は飽くまで素っ気ない。
「伊草さん」
抱き締めたまま離れぬ伊草の背中を掌でポンと叩いて、牡蠣殻はその腕から離れた。どうにもなつこい爺だ。
「牡蠣殻磯辺と申します。故あって身の仔細は伏せますが」
海士仁を横目で見ながら言って、手を差し出す。
「ご容赦下さい。以後、よろしく良しなに」