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連れ立って歩く 其の三 鮫と虚貝編 ー干柿鬼鮫ー

第11章 好機逸すべからず


あのときならまだ多分、多分牡蠣殻は波平と一緒に来ただろう。情に流されるような形であっても、波平と逃げてくれた筈だ。

そうすればもしかして、磯の始祖巌師のように新しい里を築く事が出来たかも知れない。いや、もし再び牡蠣殻がこの手を顧みてくれるのなら今からでも・・・・

情けない。こんな事を考えている場合ではないのに。

だがそれでも、手を離すべきではなかったと思わずにいられない。

砂で干柿と争ったとき、彼に牡蠣殻を預けていただけのつもりでいた自分に気付いて波平は驚いた。
砂に牡蠣殻の庇護を求めたのも同様の内心で、予想外の自分の甘さや都合の良さに呆れた。呆れたがそれが本心である事を思い知った。

人に自由をと言いながら、波平は牡蠣殻に自由を与えるつもりはなかったのだ。干柿の言った通り、恩を着せてでも飼い殺してでも、牡蠣殻を手放したくない。

つくづく器の小さい・・・

あれはずっと自分の側にあったものだし、その良さがわかり守ってやれるのは自分だけ。口減らずでもフラフラ出歩いていても、波平は牡蠣殻を解っていたし牡蠣殻は結局自分のところへ戻って来ると思っていた。

他の男が介在してくる事など、考えてもいなかったのだ。

磯の物知らず。

預けただけのつもりでいた牡蠣殻を干柿は自分のものと言って憚らない。
皮肉にも波平が初めにその手を離したとき、牡蠣殻と会ったあの男。

よりによって草に牡蠣殻が知己がいると知った。しかもその知己が誰であるか、いや、牡蠣殻は明らかに謀られている。自分がそうであったように。 波平は頭を掻き毟りたくなった。

磯影の物知らず。

牡蠣殻にいて欲しい。呆れ顔で減らず口を叩いて、笑って欲しい。

「私は少々頭が弛んでいるようだ。それは認めよう」

湯気の立つ湯呑みに口をつけ、曇る眼鏡を外しながら波平は天幕の奥を区切る緞帳に歩み寄った。

「だからと言って鼻先でこそこそ機密を嗅ぎ回られるのを見過ごす程愚かではない。どういうつもりです、二人とも」

持ち上げられた緞帳の陰で藻裾とカンクロウが首をすくめている。

その手にある紙の束を見止め、波平は苦笑した。

「・・・・読みましたか?」

「・・・・読んだけど、いまいちわかんねえです」

カンクロウの陰に隠れるように身を縮めた藻裾が答える。

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