第57章 Epilogue-それは世界で一番の-
その墓碑には一人の名前が刻まれている。
梨央は屈んで両手を合わせた。
「………………」
その閉じた瞳は何を思っているのか。
どんな想いを伝えているのか。
ただ静かな時間だけが流れていく。
しばらくして目を開けてニコリと笑う。
「また来るね」
立ち上がって肩にかけていたバッグからある物を出そうとした時…
「あの…」
「!」
「どちら様ですか…?」
恐る恐る声をかけてきたのは夫婦だった。
少し顔色が優れない妻を隣にいる夫が支えている。
「もしかして…娘のお友達ですか?」
梨央は優しそうな夫婦に会釈をする。
「初めまして。娘さんとは仲良くさせてもらっていました。今日は彼女の命日なので…そのお墓参りに…」
「まぁ、そうだったの」
「あの子の友達が来るのは初めてだな」
「もしかして去年も来てくれたかしら?」
「はい。毎年必ず来ています」
「嬉しいわねぇ。あの子にこんな可愛らしいお友達がいたなんて。あの子が事故で亡くなって以来、私達以外は誰もお墓参りには来てくれないのよ。だから貴女が来てくれてきっと娘も喜んでると思うわ」
口元で両手を合わせ嬉しそうに笑う妻。
妻は墓碑の前に屈み、持って来た花を添える。
「毎年あの子の命日にはケーキを買って帰るのが決まりなのよ。真っ赤に熟れた苺とふわふわのホイップが好きで1ホール買うと全部食べちゃうの。ああ見えてあの子、大食いでしょう?」
クスクスと控えめに笑う。
「でもとても美味しそうに食べます」
「そうなのよ。私の作ったご飯もね、いつも美味しいって言って残さず食べてくれるのよ」
そして夫も妻の隣に腰を下ろして墓碑に向かって言う。
「叶うことなら、一目会いたいな。
もう一度お前に…なァ────霙。」
墓碑に刻まれた名は─────椎名 霙…。
この夫婦の
たった一人の
大事な娘だ─────。
「どうしていなくなっちゃったのかしら…。あなたがいないと毎日がとても寂しくて…生きる希望がないのよ」
涙を浮かべて妻は悲しそうに笑う。
「ごめんなさいね…」
「いえ…」
目尻に浮かぶ涙を拭う妻。
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