第56章 Remains-彼女が泣いた日-
「ふっ…うぅぅ…」
「おやおや」
「梨央」
優しい声で名前を呼ばれ、日番谷を見る。
「これで俺たち…結婚できたぞ」
「は、い……っ」
目から溢れる涙を人差し指で拭う日番谷。
「(やっと…やっと幸せになれた)」
この人と一緒に
約束された未来を歩んでいける
もう…離れなくていいんだ
独りで泣かなくても
この人が涙を拭ってくれる
人生で一番幸せかもしれない
嬉し涙を流す梨央を支えながら日番谷は証明書に目を向ける。そこには妻となった"日番谷梨央"の文字を見て、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「日番谷梨央様」
「はっ、はいっ!」
まだ潤んだ目に涙を残しながら、梨央は役人のほうを見た。
男は【護廷隊士登録名変更届】と書かれた黄色い書面を掲げて言った。
「今後、仕事上でも日番谷姓を名乗られるのでしたら、こちらの書類を護廷隊士録管理局へ提出して下さい」
「姓の変更…」
それは"仁科"から"日番谷"の姓に変わるということ。
「……………」
「お前の好きにしろ」
「!」
悩んでいると、その気持ちを汲んだ日番谷が柔らかな声音で言う。
「いいんですか…?」
「"仁科"の姓はお前にとって大事なものだろ。今まで過ごした思い出まで消す必要はねえよ」
「ありがとうございます…」
本当にこの人は
どこまで優しいんだ
「仁科姓のまま活動します」
真っ直ぐ男を見て言った。
そもそも日番谷の姓に変えれば、会う人会う人に日番谷と呼ばれたらきっと彼女の精神は羞恥を超えて崩壊する恐れがあるだろう。
前に梨央が言っていた"羞恥死"である。
「(そっか…今はもう、日番谷、なんだな…)」
ほんの数分で自分の姓が変わったことを、梨央はなんとも不思議に思う。
「(ルキアもこんな感じだったのかな…)」
日番谷と呼ばれることに慣れる日が来るのだろうか、と考えつつ席を立つ。
「ああそれとお父上様からもう一つ伝言があります」
一気に現実に引き戻される。
.