第54章 Beloved-素敵な愛の育て方-
「庇ってくれてありがとうございます。おかげで怪我をせずに済みました」
「……………」
「…怒ってますか?」
「…怒ってないと思ってんのか」
「思ってないです…」
わかってる
悪いのは私だ
「ごめんなさい」
「それは何に対して謝ってる?」
「騙していたことです…」
「……………」
「(あぁ…こういう沈黙は…苦手だ。)」
居心地の悪さに戸惑っていると、日番谷が静かに口を開く。
「退いてくれると助かる」
「え?あ!す、すみません!」
慌てて上から伸び退くと、ゆっくりと立ち上がった日番谷は背を向けて責務に戻ろうとする。
「ま、待って!」
その行動に驚いて咄嗟に手を掴んだ。
「(あれ?え?何も言わずにスルー?途中まで会話は成り立ってた。私が間違えた?どれが『正解』だった?この人の気を惹くにはどうしたら───……)」
混乱する頭で必死に考える。
「隊長…騙していたことは謝ります。なので…その…こちらを向いてください」
「仕事中だったな。お前ももう戻っていいぞ。手が空いてるなら他の隊士達の仕事でも見てやってくれ」
「っ!隊長!」
「手を離せ」
「離しません」
「隊長命令が聞けないのか」
掴んだ手を離すものかと強く握る。日番谷の声はどこまでも冷たく、彼自身も混乱しているのだろうと思った。それでも今この手を離してしまえば、この話はなかったことにされる。
「隊長命令でも聞けません」
「…頼む。離してくれ…仁科」
「!」
違う
聞きたいのは
「…どうして名前で呼んでくれないんです」
悲しくて心が痛くなった。
「お前の名前は…呼ぶのに勇気がいる。どんな偶然かは知らねえが…その名前は…俺がこの世で一番愛した女の名前なんだよ」
「!」
あぁ
この人は
三年の月日が経った今でも
私だけを愛してくれてるのか
「(…一途なヒト。)」
そして…愛おしい。
それだけで心が温かくなって、じわりと涙が浮かんだ。
「私は…梨央です」
「!」
日番谷の手がピクッと反応した。
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