第53章 Lovely-二度目の恋は盲目で-
小さく呟いた言葉は梨央には聞こえなかった。
だが、微笑みを浮かべる砕蜂を見て不思議そうに小首を傾げている。
「やはり緊張するか」
「え?」
「顔が強張っている」
「あ、ああ…申し訳ありません。
どうも緊張感が解けなくて…」
ぎこちなく笑う。
「貴様は…夜一様…四楓院先生を知っているか」
「もちろんです。半月に一度の特別講師を引き受けて頂いていましたから。ちょくちょく遊びにも来てくれます」
「そうか」
「四楓院先生の講師は…なんというか…独特で面白いんです」
「("四楓院先生"か…。本当に何もかも忘れてしまっているのだな…。けど…中身は変わっていなくて安心した。)」
「砕蜂隊長、新米で至らぬ部分もあるかとは思いますが精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」
深く頭を下げた。
「こちらこそよろしく頼む」
「では…今日はこの辺で失礼します」
もう一度、軽く頭を下げて執務室を出て行った。
「……………」
梨央が出て行ったドアを寂しげに見つめる。
「私のことも忘れてしまったのですね、梨央様…」
その瞳は少し潤んでいた。
そこで砕蜂は何かを思い出したようにハッとする。
「入って来た時の梨央様は怯えていた気がする…。も、もしや緊張して顔が強張ってしまったせいで怖い顔になっていたのでは!?しかも冷たく言ってしまった!!傷付けたのではないだろうか!?あああっなんて事をしてしまったのだ…!!あの方を怯えさせるなど絶対にしてはならないのに…!!」
頭を抱えて叫ぶ砕蜂は先程の梨央の様子に気付いて果てしなく後悔の色を浮かべている。
「ハッ!もしや嫌われ…!?い、いや…いくら梨央様でもそこまでは…。だが…うぐぐぐぐぅ〜!」
その場にしゃがみ込んでしまう。
「…梨央様は何故、全てを忘れてしまったのだろうか。まさか…あの方の事もお忘れに…?」
砕蜂は驚いたように目を見開いた。
「(泣いてしまいそうだった…。いなくなったはずの梨央様が目の前にいて…駆け出しそうになった。)」
立ち上がって窓から空を眺める砕蜂は涙を浮かべていた。
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