第45章 Neglecti-気づかないふり-
「──何だその眼は。後悔したか?だがもう遅い。大方、母の仇でも討とうと我々の誘いに乗ったのだろうがその時点でお前の退路は断たれていた。陛下の魂を分け与えられた者は全て、死ねばその力を陛下に吸収される。そして陛下の魂の欠片は既に先の戦いによってこの瀞霊廷全域にばら撒かれている」
“吸収される”
それは───死を意味していた。
「この戦いは陛下の為の戦いだ。我々星十字騎士団(シュテルンリッター)はもとより陛下の魂に触れた死神達も全て死ねば陛下に魂を捧げる事になる」
「……………」
「この戦いで誰が死のうとも、その度に陛下は強くなり、その度に陛下は永らえるのだ。陛下にとっては戦いこそが生きる術だ。魂を吸収し続けなければ陛下はいずれ、目も見えず耳も聞こえず身動きさえ取れなかったあの頃の身体に戻られてしまうのだから。
陛下が戦いをおやめになる事は無い。逃れる術は無い。私もお前も文字通り陛下の為に生き、陛下の為に死ぬのだ」
雨竜はジッとハッシュヴァルトを見据える。
「!」
微かな違和感をその眼に感じ取った雨竜は、ゆっくりと口を開く。
「…“らしくないな”」
「何?」
「貴方の瞳に迷いが見える」
「…どういう意味だ」
ハッシュヴァルトは顔をしかめる。
チリンッ…
「「!」」
小さな音が鳴った。
「鈴…?」
雨竜の足元に金色の鈴が落ちている。
それを拾おうと手を伸ばす。
「触れるな───。」
ビクッ
ドスの効いた低い声に思わず肩を揺らした。
ハッシュヴァルトはその鈴を拾い上げる。
「その鈴は?」
「お前には関係ない事だ」
今のハッシュヴァルトからは想像もつかない、氷のように冷たい声だ。雨竜は驚いた表情を浮かべて問うた。
「もしかして…その鈴は誰かからの贈り物なんじゃないのか?」
「…何故、そう思う」
「優しい音がした。その鈴から」
「!」
「けど寂しい音もした」
「……………」
「その鈴を贈った人は貴方の事をとても大切に思っていたんでしょうね」
「知った様な口を…」
「そして貴方もその人の事を大事に思っている」
ハッシュヴァルトは鋭い双眼を雨竜に向ける。
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