第34章 Carissimi-愛しい人-
「お前は…自分が死んでも誰も悲しまないと思ってるのか?」
「そうは思ってません。ただ彼女を救うには最低限の犠牲が必要だった。だから私は自分の命を差し出した。そのおかげで桃ちゃんは今も生きている。こんなちっぽけな命一つを犠牲にすることで誰かを救えるなら私は迷わず命を捨てます」
胸に手を当てニコリと微笑む。
「犠牲になるのは私だけでいい」
その笑みはどこか悲しそうだった。
「(前に…平子が言ってたな…)」
平子が梨央に向けて言った言葉を思い出す。
「(こいつは昔から自分の命を大事にしないところがある…自分が傷付くことをなんとも思っていない…)」
“だからこそ平気で自己犠牲を繰り返す”
「(あの時も命を顧みずに犠牲を払って雛森を護ろうとした…)」
「隊長?」
「怖くなかったのか」
「え?」
「一歩間違えてたら死んでたかもしれねえんだぞ。その恐怖はお前の中にはなかったのか?」
「なかったですね」
即答で答えた。
「死ぬのが怖いと思ったことはありません」
これは本当だ
だからこそ私は人より
死に対する覚悟があるんだと思う
迷わず彼女を助ける判断を取った
自分が刺されて死ぬかもしれないとか
そんな考えは最初からなかった
ただ 私が怖いと思ったのは
彼女の死だ───────。
彼女が死ねば悲しむのは
目の前にいる彼だと思った
私が死よりも怖いのは
大事な仲間を失うことだ────。
「“特異的無恐怖症”」
「!」
「特定の恐怖だけ感じない症状らしいな」
唐突に日番谷が口にした。
「…隠してたのに彼がバラしましたからね」
呆れるように肩を竦めた。
「お前の場合は一番厄介で自分でも制御が難しいんだろ」
「戦いにハマり過ぎると制御が利かなくなります。だからこそ…私のような症状を持つ者は殺人兵器として戦いに駆り出される」
「殺人兵器!?」
「利用価値があるんです。どんなに傷付こうが血を流そうが、壊れない限りは人を殺す兵器として生かされる」
梨央は悲しそうに笑う。
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