第34章 Carissimi-愛しい人-
どんどん遠ざかる他の隊舎に背を向け、零番隊舎に続く道を歩く。
「…この気持ち、嫌だな」
まるで あの時と一緒だ
「“母親”か…」
彼女は私に何を言おうとしたんだろう
何で母のことなんて…
「彼が何か喋ったのかな…」
立ち止まって思った。
「“何を”喋ったんだろう」
まさか…余計なことは…
「蒼生くんに限ってそれは無いか」
少しホッとした。
「…やっぱり…会いたい、な…」
迷惑がられてもいい
嫌われてもいい
失ってからじゃ何もかも遅い
「『後悔だけはするな』。
…そうだよね?…母様。」
それが魔法の言葉だった様に自信を取り戻した梨央の顔に笑みが戻る。クルッと体を反転させて向かったのは十番隊舎だった。
「(何だろう…足取りが軽い。)」
今なら何も怖くない気がする────。
◇◆◇
【十番隊舎】
執務室のドアの前に立った梨央は緊張を解すように深呼吸をした。小さく息を吸って、吐いて…。ドクンッと鳴っていた心臓は次第に落ち着きを取り戻したように収まる。
「…よし」
覚悟を決めてドアをノックした。
トントンッ
「──入れ。」
ああ 懐かしい声だ
間違いなく…あの人の声
思わず表情が和らぐ。
ドアノブに手を伸ばしてドアを押した。
ガチャッ
執務室では日番谷が終わりがけの書類に目を通していた。
そこに先ほどまでいた乱菊の姿はない…。
梨央は意を決して日番谷の名前を呼んだ。
「隊長」
「…………っ」
その声に驚いたように勢いよく日番谷が顔を上げた。
「仁科…」
「お久しぶりです」
ぎこちなく笑うと日番谷はガタッと椅子から立ち上がる。
彼の表情は微かに戸惑いの色が垣間見えた。
「あ…その…突然来てしまって申し訳ありません。先ほど訪ねた時は…その…留守…みたいだったので…」
「…ああ…悪かった…」
「い、いえ…」
シンと静まり返る空気が流れる。
ふと日番谷を見るとグッと眉間に皺を寄せて顔をしかめていた。
「(あ──……)」
何故だかとても悲しくなった。
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