第26章 ヌレギヌ ト サイカ
「貴様は自らの命を顧みず、数多の虚と対峙した。普通の者ならば暴走した虚の群衆を止める前に逃げ出してしまう。下手をすれば…死ぬかもしれないという恐怖があるからだ」
「!!」
「だが貴様は恐れなかった。いや…むしろ自分の命をなんとも思っていないからこそ虚の群れの中に飛び込んだ。違うか?」
「監視役さんは何が言いたいの?」
「貴様の心のどこかに“恐怖”という感情はあるのか?」
「…くだらない質問だね」
小さく溜息を吐いて天井を見上げた。
「その言い方…まるで私が恐怖を感じていないみたいじゃないか」
「そうだ」
「!」
「虚の群れを前にしても貴様は恐怖を感じなかった。いや…もっと解り易く言えば…“恐怖を感じることができなかった”。それは何故か」
「………………」
「貴様が“例の症状”の持ち主だからだ」
「!?」
「この症状を持っている者に会うのは初めてだ」
監視役の男は梨央を見た。
「貴様には一つだけ恐怖を感じないものがある」
「………………」
梨央も顔をしかめて監視役の男を見る。
「それは興味深い話だな。じゃあ聞かせてもらおうか。仮に私がその症状を持っているとして…私は何に対して恐怖を感じないって言うの?」
「貴様のデータを読んで確信した」
静かに口を開いた男は何の感情も宿さぬ瞳で鉄格子の向こう側にいる梨央に告げた。
「貴様は…“特異的無恐怖症”だろう?」
「!」
「特定の恐怖だけ感じなくなる症状だ。例えば…“痛みに対する恐怖”や“言葉に対する恐怖”。それらを全く恐怖に感じない病気の一種だ」
「…へぇぇ」
「症状は様々だが一番厄介なのは貴様のような症状だ」
すると監視役の男の視線が鋭くなる。
「“死に対する恐怖を感じない”」
「…どうしてキミがその病気の存在を知ってる?」
「風の噂で、ある里にそういう病気を持つ者達がいると聞いた」
「風の噂ね…」
「“戦いに於いて加減を知らない。恐怖を感じない”。だからこそ『特異的無恐怖症』の持ち主は危険視されている」
その言葉に梨央は不快そうに顔をしかめる。
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