第10章 大切だから許せない
【零番隊舎】
変装を解いた梨央は無表情のまま、談話室のドアを少し乱暴に開けた。
「……………」
ズカズカと足を踏み歩き、ボスッとソファーに寄り掛かり、天井を仰いだ。
「ふぅ…理不尽にも程がある。キミ達の戯言を私はいつまで聞き流せばいいんだ」
苛立ちが収まらず、自然と声が低くなる。
「!」
ジッと見つめられていることに気付き、背凭れから背中を離し、視線をソファーの下に向ける。
「リキュール…」
名前を呼ぶと表情は愛くるしいままだが、びくりと身体を震わせた。
「いたのか…」
梨央は無意識に怯えさせていたことに気付き、柔らかな笑みを浮かべる。
「怖がらせてごめんね。少し苛立ってた。調理室の冷蔵庫から炭酸水を持って来てくれる?」
静かに首を頷かせて、リキュールは調理室に入って行った。
「皮膚を傷つけるまではならなかったか」
掌を見て、ホッと安堵する。もし日番谷とのやりとりで苛立ちが抑えられず掌を血だらけにしていたら、きっと雅に咎められていただろう。
「(怖いからなー。)」
苦笑を浮かべて反省していると、リキュールが調理室から出て来て、お盆の上に乗せたグラスがキラキラと輝いている。
「ありがとう」
運んできたグラスを受け取ってリキュールを抱き上げ、膝の上に乗せる。
そして炭酸水を一口飲む。
「うん、美味しい」
口の中で炭酸が弾ける。
「はぁ……」
思わず溜息が出てしまう。するとリキュールがジッと下から梨央を見上げた。
「“何かあったのか”…という顔だね?」
コクっと頷く。
「キミは何も心配しなくてもいい」
ニコリと笑いかけ、炭酸水を飲み干す。
「っ〜〜!やばっ、沁みる…っ!」
リキュールを膝から下ろして立ち上がる。
「炭酸水のおかわりもらえる?」
ビシッと敬礼したリキュールは調理室に走って行った。
「“約束を忘れるな”」
ギュッと拳を握る。
「それを糧にして生きろ。私はもう…彼を一人にしないと決めたのだから」
幸せを捨ててまで
願った『約束』
「全ては…キミを守るため」
梨央は悲しそうに笑った。
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