第8章 『素直になれない不器用カノジョ。』 及川徹
「夏乃?着替えてきていーよ?」
サーブ練を始めようとする及川が私に言った。
「帰り、遅くなっちゃうし、俺ジャージで帰るから。」
『…わかった。』
そう言って私は更衣室に着替えに向かう。
そうやって気遣ってくれるところ、好きだなぁ…
渡せたら…いいなぁ。
そう、考えながら私は更衣室までの廊下を早足で歩いた。
ーーーーーー
『及か…わ…』
着替えて戻ってみれば及川はサーブ練をしていた。
周りの音なんて聞いてない。
真剣な顔。
ものすごいボールの強打音。
決まらない時の悔しそうな顔。
決まった時の嬉しそうな顔。
全部全部…
『好き……だなぁ…』
「え?俺のこと?」
….は?
いつのまにか及川は私の方を見てた。
それも恥ずかしい独り言を聞いてたようだ。
『…っ!んなわけないじゃん‼︎‼︎』
「でも顔真っ赤『見んな!クソ川!』
及川の顔を隠そうとするが身長差がありすぎて届かない。
「夏乃かわいー。」
『うっさい!クソ川!』
「レアだねー夏乃のこんな顔。って夏乃っ!」
『え?ひゃっ‼︎』
及川の顔を隠そうと躍起になっていた私。
足元の靴底を拭くための雑巾に気づかずそれに足を取られた。
転ぶ。
そう身構えた私は体に力を入れて目を瞑る。
「あっぶなーい!俺、ナイスキャッチ!」
及川の声に恐る恐る目を開けてみればどアップの及川の顔。
力強い腕に抱きしめられる体。
ぎゅっと目を瞑り直してぐいぐい及川の胸板を押す。
『やっ!離してっ!』
「やーだっ!離したら逃げちゃうでしょ?」
『なんでよ!』
「だって夏乃におめでとう言ってもらってないもん!」
『私以外に言ってもらえてるじゃない!』
「俺は夏乃がいーの!」
押していた手の力を抜き目を開けると、及川は真剣な顔をして私を見ていた。
「夏乃以外のおめでとうなんて、いらない。」
そう呟いた及川の顔は少しだけ赤くて…
私、期待して…いいのかな…
言っても…いいのかな…