第35章 『残業終わりの甘い誘惑 前編』 黒尾鉄朗
残った仕事は2人で手分けして40分で終わった。
じゃあ行くかと先を進む黒尾課長を追いかけて、たどり着いた居酒屋。
少し早めの到着だったけれど、空いていたから時間前でも席に通してもらえた。
「個室…ですか?」
通されたのは個室。
他の部屋と区切られたそこは、他の部屋からの喧騒を少し和らげてくれる。
靴を脱いで掘りごたつ式の席に座れば黒尾課長がふわりと笑う。
「一人飲み以外は話が聞こえねえのが嫌だから、誰でも個室にしてるんだわ。」
一瞬高鳴った鼓動を抑え、黒尾課長の向かい側に座る。
はいと渡されたメニューから、ビールを選択し店員に伝える。
しばらくすると、冷えたビールとお通しが運ばれてきた。
「まずはお疲れ。今日は奢りだから好きなもの頼めよ。」
「ありがとうございます。」
差し出されたビールジョッキに自らのジョッキを当てるとがちりと音が鳴る。
緊張していることを悟られないように一気にビールを飲み干し、再びメニューを開く。
そして美味しそうなメニューを黒尾課長と一緒に注文していったのだった。
適度に飲み、適度に食べ、適度に仕事の話をする。
席について約2時間。
時間も時間だしそろそろお開きかななんて思いながら残ったビールを飲み干せば、黒尾課長が私になあ、と声をかける。
「何ですか?」
「さっき食ってたチョコレート、誰に渡すつもりだった?」
は、っとする。
渡そうと思ったチョコレートは包み紙を無くし、中身が一つ減っている。
それしか持っていなかったから、代わりのものはない。
言い訳をしようと黒尾課長を見れば、そらすことのできない強い視線で私をその場に縫い付ける。
「渡したかったな、なんて呟いたんだから本命だろ?」
「あ…その…」
伸びてきた手が顔の横で揺れる髪を一房すくう。
女遊びに慣れた課長の一時の戯れ。
そう思いたい。
でも、視線が
指先が
私を捉えて離さない。
「あ…の…」
「なあ、椎名。」
髪の毛をすくった手が
お酒で火照った頬を撫でる。
ぞわり
するりと指で撫でられた頬が熱を持ち、頭を痺れさせる。
お酒と
視線で
ぼーっとする頭が
本音をぽろりと口からこぼした。