第1章 白雪姫(赤葦)
バレー部の朝練が終わったのを見計らって、は一人の男に声を掛けた。
「あっ、あの、赤葦さん、コレどうぞ!」
柔らかそうな黒髪から滴る汗をタオルで拭う、赤葦さんは2年の先輩で、私の命を救ってくれた恩人。そして私の好きな人。
そんな赤葦さんに喜んで貰いたくて、2学期から私はこうしてちょくちょく差し入れに来ている。
「……ありがとう。…一応聞くけど中身は?」
恐る恐る彼が受け取った水筒の中身は液体ではなく、何故か不気味にドロっとしていた。
「鶏胸肉ジュースです。もっとパワーをつけたいと言っていたそうなので」
「…それは、木兎さんが?」
「はい、木兎さんが教えてくれました」
有名なボディビルダーの考えたレシピだそうです、と付け足すと、赤葦さんは無表情のままボトルの中身を一気に飲み干した。
「…味は改善の余地がある」
(……あ、やっぱりでしたか)
レシピ通りに何回か作ってみたのだが、正直生臭くてマズすぎて、味見している間に味覚と嗅覚のゲシュタルト崩壊が起きていた。
過去3日間で作った中では最高の出来だと思って持ってきたつもりだったが…
「あ、あの…次はもっと美味しく作ります」
「…そうですか。俺は木兎さんに用事があるので失礼します」
ボトルを私に手渡すと、足早に…と言う訳では無いけれど、長身の赤葦京治は迷いの無い足取りでバレー部の部室に向って行った。
(……行ってしまった)
マズイなら全部飲まなくても良かったのに、と空のボトルを見て私は思った。
実は私は赤葦さんにフラレているのだ。
しかも二度も。
赤葦さんは優しいから、こうして私の差し入れを受け取る事で、私がヘコまないようにバランスを取っているのかもしれない。
いっその事、完全に拒んでくれたら諦めもつくのに。