第4章 舞踏への勧誘(黒尾)
譜面立てに校歌の楽譜をセットし、椅子の高さを微調整する。いざ弾こうとした時クロからストップが掛かった。
「なあ、アレ弾いてくれよ、ジャーン ジャジャッジャーンってやつ」
「え、もしかしてコレのこと?」
クロの調子外れなリズムと音程を補完して、右手でなぞる。
ウェーバー作曲の【舞踏への勧誘】。
小学生の頃、発表会で弾いた記憶がある。
暗譜してる曲なんて少ないから今でもたまに弾くし、家の近いクロはいつの間にか覚えたのかもしれない。
「あー、それそれ。それ俺好きだわ」
「まったく、校歌の練習させてよ」
口ではそんなこと言いつつも、私はたった一人の聴衆のリクエストに応えるのだった。
椅子に座ったまま目を閉じ、冒頭のメロディを頭で思い描く。
跪いて手を差し出す紳士を思わせる左手の旋律。
会話をする様に軽やかな右手の旋律が続く。
華やかな舞踏会で紳士が婦人をダンスに誘う。そんな場面の筈なのにふと小学生の頃の記憶が頭をよぎる。丁度この曲を練習してた時、ドンドンと無遠慮に窓を叩く少年の姿。
『オマエすげぇな。ところで人数足らねぇんだけどバレーやんない?』
その頃からクロは手の付けられないバレー馬鹿だった。クロの手加減なしのスパイクで発表会の直前に突き指したっけ。
ピアノの先生には怒られたけど、今となってはいい思い出。