第4章 舞踏への勧誘(黒尾)
私は鍵盤に手を添える。
左手はいつもより1オクターブ上に。
奏でる左手の旋律は、まだ声変わりしてない、少年の真っ直ぐな誘い。
返事をする右手は戸惑いを表す。
そして誘いを受けて二人は河川敷へ走り出す。
クロの好きなサビ。力強くリズミカルに上昇する和音の響き。キラキラと下降する右手の連符。
優雅な三拍子に乗って右へ左へと音が動く様は、物干し竿のネットを行ったり来たりするボールみたいに思えた。
最後の和音を十分に響かせると、何人かの拍手が響いた。
弾いてる間にクロの後輩たちが集まってたみたい。
頬をポリポリ掻きながら、ヘコっとぎこちない会釈で応える。
随分好き勝手弾いちゃったし、こんなので拍手貰うのもちょっと恥ずかしい。
「なんか、いつもと違ったな」
ニヤニヤと笑う黒尾は意外と耳聡いのかもしれない。
「よくわかったね」
コンクールでは楽譜通り弾くことが重要視されるけど、私はクラシックってもっと自由でいいと思う。
私の思い出の中のこの曲は…
バレーへの勧誘、なんちゃって。
-end-